NO.37  商品経済  2017510

 

物々交換

商品が生まれる前には人々は物々交換を行ったに違いない。

自ら作ったもの、得たものが自らが食する以上のものだとすると、それを貯えるかそれを求める人に分け与える。

物々交換を意味するところは、必要とするものをお互いが交換し合うというものだが、果たしてその均衡が保てるかどうか。

余り過ぎても少なすぎても均衡は崩れる。

それでは均衡とはどのように成立するものか。

とりあえず、衣食住の中で考える。

衣服については、裸の居住まいが出来るところと毛皮など少々の衣服では間に合わない地域差もあるが、衣服量には人の住む地域と人の体質による相対差は存在する。

温暖地方では肌でも耐えるが寒冷地では少々の衣服量では生きていけない。

住まいについても衣服と同じようなことが言える。

温暖地域では野宿も可能であるが寒冷地では洞穴とて十分な広さが必要である。

衣服と住まいについてはその確保は温暖地域、寒冷地域とではその確保には大きな差がある。

この差は人々の生活の集団化にも影響し、寒冷地の方が集団化が必然だし、温暖地では必ずしも集団化が必要としない。

集団化のその1は家族であるが、寒冷地では家族形成は容易だし、温暖地では家族形成を必ずしも必要としない。

 

温暖地と寒冷地とでの集団化の差について食料確保についても同様の推測が可能である。温暖地では採取生活が可能であっても寒冷地では狩猟生活が中心となる。食料を確保する環境が寒冷地では厳しく温暖地ではそれほどでもない。

集団化は衣服、住まい、食料の共有度合いを促進するが、狩猟生活者は衣食住とも共同性が必然であり、採取生活では共同性が必ずしも必然ではない。

すなわち寒冷地では共有化が必然的に発達し、温暖地では共有化を覚醒する要素がない。

ただ、衣食住の確保については人格性が影響し、例えば体力のある者、勇気のあるものなど人格性によるその確保の差があらわれてくる。

 

共同性、集団化の中ではリーダーの役割が存在し、リーダーを中心とした共同性、集団化が生まれる。

このことは人社会に限らず生物界において起きていることである。

生物界での自然淘汰とは人で言えば人格、生物で言えば環境適応力に示される。

この自然淘汰について、通常は均衡が維持されてきたように見えるが、実は絶滅種があるように自然淘汰社会では最も環境適用能力の高いものが生き残る。

70億にも上る個体種に成長した人社会は自然淘汰における生き残りゲームに成功した生物種と言えるものだが、もちろん個体種に限ればバクテリアなどより多くの生き残り種が存在する。

以上に示す限り、物々交換などのトリガは生まれてこない。

何故、物々交換が生じるのか。

 

それは貯えにある。

蟻や蜂社会での通信網と分業を前提に社会的蓄積は生物種では必然である。

人社会で言えば、寒冷地では必然的に貯蔵は可能である、温暖地でも採取対象によっては貯蔵可能なものがある。貯蔵のありようによっては、貯蔵物の交換は必然的に起きるであろう。要するに貯蔵するほどの衣食住は交換を促す。

貯蔵するという不均衡から貯蔵したものを交換するという貯蔵物の拡散は生物種全てに当てはまるわけではない。

貯蔵したものを拡散させるという集中・拡散という自然公理は非生物社会であっては必然的であるが、生物社会ではこの自然公理は存在するのであろうか。

ただ、生物種は生から死を経て、集中・分散を繰り返すのであるが、生物種の共同性、集団化の中での集中・分散は存在しない中で人のみがこの集中分散を共同性、集団化を繰り返す。

勿論、自然淘汰の中では略奪を含む集中分散は必然であるが、それは交換という性質のものではない。

人が略奪で無い物々交換に辿り着いたとすれば、凄いことだ。

そのためには異種の貯蔵が存在するという条件、例えば温暖地、寒冷地でも良いが、海、野山など地域差が異なる異種の衣食住を貯蔵することが必要である。

 

お裾分け

物々交換は異種の貯蔵物とそれを交換せざるを得ない契機が存在する。

その1は気象変動や山火事などのカタストロフィによるもの。その2は集団の拡大による複数の集団の接触が起こること。

共同性や集団化による接触はその貯蔵物の暴露にもなるので、何らかのお裾分けが成立する。もちろん、共同性や集団化におけるリーダの役割が強いとも言える。

物々交換においては、所有という概念が存在しないと思われるので、物々交換における対価もしくは利得は存在しない。

物々交換は集中された貯蔵物が分散されるに過ぎない。

物々交換は今でいうお裾分けである。

 

現在社会は所有が前提でありその衣食住の交換は全て対価が伴い利得が生ずる。

それでは物々交換が何故に対価、利得を伴うようになったのか。

ここ小菅村でもお裾分け文化はほそぼそと存在する。

ただ、現在社会の通例としてお裾分けと言えども対価、利得が伴うことは必然である。

既に定着している小菅村山間部ではコメは取れず、魚とて淡水魚、自給自足には程遠い。

それでも近所のおばさん連中が持ち寄ったリ分け合ったりお裾分け精神が残るのは、何故だろう。

そこには原始的な意味での共同性、集団化が存在する。

ここには山間部落ならではの生産物の限界がある。

狭い畑では採れすぎれば食べきれない。

季節を外せば食べごろを失う。

腐らすのはもったいないので近所にお裾分け。

ただ、最近には生産量の調整を行う。

食べる量ぎりぎりの生産に努める。

それに耕すべき土地が荒れ放題。

畑を耕すための労力不足、時間不足。

もっとも極端には大量生産された生産物が山間部にもやってくる。

そうした生産物をお裾分けとはいかない。

 

大量生産

小菅村にも商品文化の進出は随分古い時期から始まっている。

それは山間地特有の炭、木材などの流通が激しいころからだ。

山菜などの山の広さにも関係し余程でないと大量生産とは言あない。

最近には蚕、こんにゃく、麻、ヤマメなどが大量に流通し産業となったこともある。

山間部では食べるに苦労し、どうしても出稼ぎが主流となる。

その延長線上に道路など土木事業が盛んとなった。

これでは狭い土地を苦労して耕すという基本が無くなった。

現在の小菅村の象徴ではあるが、それでは過去のような山間部の特徴が生きない。

既に高齢化、大家族の崩壊が進んでいる。

日本民族の隆盛は大家族制度にあった。

大家族制度は山間部を中心に発達し、都会への人口集中、いざというときに人口受け入れを行ってきた。

その循環が亡くなった今は大都会への一極集中、山間部の限界集落化、山間部での土地の荒れ方が、かつての人口受け入れ可能性を失わせている。

日本が自給自足で補ってきた爆発的な人口増加がすんどまり状態である。

人は富という国家の原理原則は崩れている。

この原型が小菅村における変化である。

独居老人が増え、若年家族は減り、荒れ地が増える。

これではいくら観光業へとシフトしても健全な村づくりはおぼつかない。

日本の農業が外国農業に圧倒され壊滅状態にある中で小菅村にもその縮図がある。

細々と自給自足を支えてきた基本が崩れている。

今後限られた土地で大量生産を行うには限界がある。

これは世界的に広がってきたプランタン農業、大量生産性農業の広がりが拡大してきたが、それは限られた地域である。日本では北海道、東北と限られているが、地球上でもその地域は南北アメリカ、ヨーロッパ、ロシアなど限られる。

それぞれに地域間の交流が盛んとなり、都市と農村、大型分離が進んできた

地球上に拡大した大都市と農村との分離は大量生産性向上と土地の誕生以来の展開だ。

そうして自給自足はおろか遮断すれば数日の余裕さえない。

カタストロフィーショックなどにはさらに弱い。

こうした脆弱な都市の形成は現在の象徴的なことである。

大量生産は産業、農業と続いているが、都市への集中はさらに続く。

それは自給自足との対立極にある。

戦争を進めるもその破局を救うのも自給自足であった。

今その担保が失われつつある。

それは大量生産と並行して起きている。

大量生産による回復作業喪失が進んでいる。

確かにまだ限界集落としてある小菅村ではお裾分け文化自給自足文化も残されている。

現在の戦争の危機がカタストロフィーからの脱出のイメージがこうした残された地域にある。

 

商品文化

大量生産は商品文化を支える。

地域間の大々的な交流を支える。

逆に小規模の自給自足文化を破壊する。

地球上に人類が住む着くための基本は自給自足であった。

人々は地球上を旅しながらその地を開拓し自給自足できるようにしてきた。

地球上のどこにでもそうした地域が存在する。

ところがちょっと生産量が増えると、その地域の自給自足を維持しなくても良い結果を生んだ。

規模の小さなカタストロフィでもその地域の生命さえ維持できなくなる。

その方法が他の地域の侵略であり、略奪である。

侵略と略圧は更に自給自足文化を喪失させることとなった。

カタストロフィの都度この機会は増え、大都市を作り上げた。

エジブトなど古代国家、現在の東京、、ニューヨーク、ロンドン等に見られる大都市群がその延長線上にある。

それは都市を中心に生産物の交換が拡大した結果による。

生産物の交換は大量生産がもたらしたものだが、最初は少数の地域~段々と多方面での地域の生産物が交換される。

最初は近隣からのものであっても段々と遠方からの生産物も届くようになる。

最初は比較的重量のないもの、嵩のないものだったものが段々と重量、嵩などは関係なくなる。

交換は効率の良いネットワークそれに地域ごとに存在する大量生産である。

地域の大量生産は結果的には分業を促す。

地域でのカタストロフィはその地域の破壊であるが、自給自足を失った人々の破壊でもある。

人々は最小限の生活を強いられる。

土地という狭い空間での最小限の生活。

大量生産制農業、大量生産制工業はその人々の状態にマッチしている。

奴隷、農奴、労働者などあらゆる効率性人間が育てられる。

最も効率性の高いのは交換性の高いもの労働商品である。

蟻、蜂の世界では働き蜂として要請される。

同じ現象が都市においても実現し、狭い我が家と狭いオフィスでの往来が人々を生きさせている。

大量生産地と都市との商品交換が張り巡らされた交通ネットワークによって維持されている。

人々一人一人の役割は小さい、それでも何千万都市、何億人国家が維持される。

人々にはこの蟻地獄から脱出方法はない。

人々は与えられた狭い空間で喜怒哀楽を生きる。

大都市等蟻地獄の中で効率的に衣食住を運んでくれるのは商品としてである。

本来は隣同士が分け合った衣食住が今や商品として提供される。

何故ならば商品が効率の良い交換手段だからである。

 

貨幣経済

この商品を最も効率よく裁くのは貨幣である。

商品は交換関係から成長してきたもので、より最も高い効率的交換関係として、貴重かつ希少価値が重宝される。

最初は米、布であったものが金、銀などへと変化する。

この変化は大量生産とは相反する変化である。

大量生産が交換関係を促してもそれが商品価値を高めるよりも低める。

同様に人間の価値も下がる。

逆に選ばれた商品のみがその価値を高めるともいえる。

これは地域でのリーダの創出と一致する。

蟻地獄から這い出せない状況と大量生産による交換関係における最大の効率を求める関係と同じである。

閉鎖された蟻塚では女王蟻は一匹生き残ればよい。

大量生産と交換関係は地域間の交流とその間で起きるカタストロフィで何時も揺らぐ。

その都度リーダが交代せざるを得ない。

ただ、交換関係で最も効率的であるとされた商品の交代はあり得ない。

交換関係が発達するにしたがい、商品のみが独り歩きする。

しかも最も効率の良い商品のみが独り歩きする。

人がこの商品に執着することはありうる。

勿論、交換関係を生まない自給自足社会などではこの現象は起きない。

人々は効率の良い商品に執着することはなく生活に必要なものを期待する。

最も効率性の良い商品が貨幣として扱われ現在に至っている。

この長い歴史の中で繰り返された商品と人間とのドラマは地域というよりは地域間に大きな障壁を作り上げてきた。

貨幣が展開する様々な障壁とみなしてよい。

貨幣の蓄積故に起きる略奪、戦争である。

普通の大量生産物であれば略奪すれば終わりの世界だが、貨幣は略奪後にも影響が残る。

いわゆる負の蓄積である。

効率性だけが集約され、本来の生産とは無関係な蓄積が始まる。

しかもその蓄積こそがあたかも必然化のごとく育てられる。

貨幣の蓄積ほど非効率的なものはないが、あたかもそれが最も効率的と錯覚する仕組みである。

蟻や蜂社会での蓄積構造は貨幣という交換関係を生まない。

それは分業とネットワークに支えられていても生活必需品に限られているからである。

貨幣という最も交換性は大きいが最も効率性の低い商品は蓄積のみが必然化される。

そこで行われているのは蓄積による障壁である。

蓄積の格差が略奪・戦争を生む。

この略奪・戦争を貨幣構造と言い直しても良い。

貨幣経済はこの貨幣構造を使っての蓄積拡大が宿命とする。

 

道の駅

小菅村では最近道の駅が開かれ物産館では地産のものが展示されるようになった。

いわゆる小菅で取れたものを観光客に買ってもらうという仕組みである。

地産地消(自給自足)ではなく地産拡散である。

もともと自給自足を前提とした小菅村での地産物には限リがある。

出来たばかりの道の駅物産館に地のものが並ぶ割合は少ない。

道の駅は国交省が地域の農産物を大量に販売するための仕掛けである。

道路利用客が立ち寄り地産のものを買っていく。

ただ、小菅村には地産のものが余りに少ない。

それに松姫トンネルという大月、小菅を結ぶ大動脈は出来たがその利用客は少ない。

道の駅物産課では8つの集落に地産物を収集するための納品小屋を設置しているがその利用者も少ない。

道の駅が果たすべき役割が見えない。

かって10年前源流きらり工場を立ち上げたころ道の駅のメッカとも言えた愛媛県内子町では源流きらりの親でもあるえひめAIをキイとして、えひめAIを使った野菜のみを扱う市場として開業し成功を治めた。

いわゆる有機野菜の宣伝がいきわたり隣接する大都市松山からの買い物客がどっと押し寄せたのである。

松山市は青梅市程度の規模である。

小菅村ではうち好調に見られた隣接する都市青梅市からの買い物客がどっと来ることはなかった。

大月市は青梅市、松山市に比べれば余りに規模は小さい。

山梨県でいう大都市甲府市は遠すぎる。

大月、小菅を結ぶ松姫トンネル開通は道の駅のトリガーでは無かったというのが現状である。

逆に青梅、小菅を結ぶトリガーも失った。

私はこの現状を知ってお裾分けよろしく地産の農産物を小菅道の駅物産館に持ち込む努力を始めた。

既に荏胡麻、じゃがいもには実績がある。

年間都市で道の駅が活力を持つには年間としての地産物が必要となる。

次の候補はネギ、ホウレンソウである。

それは地産の特徴が生きる野菜だからである。

ただお裾分けはあくまでもお裾分け、大量生産物ではない。

お裾分け文化は商品経済、貨幣経済と相反する地平にある。

 

以上  NO.36      No.38