7. 「個人と国民」および「社会と国家」の交差関係

「人{民―臣―君}天」の枠組みで考える

 人は、ひとりの人間、子ども→大人→老人の一生を人間社会で生きる個人。

 民は、人民、住民、市民、国民など国家に税金をはらい、国家の保護を受ける人。

 臣は、国家権力の執行者、家臣、群臣、公務員、職業として国家へ奉仕する人。

 君は、首長、王様、君主、元首、独裁者、大統領、首相など国家権力を保持する人。

 天は、人が生きる環境―植物や動物や物質や空気や水などの自然法則、天命、天道。

 

7.1 天皇が国民に理解をもとめるメッセージについて  2016915

天皇陛下が、201688日、テレビ録画により国民にむけて、「お気持ち」を表明した。

「憲法のもと,天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で,このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ,これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。

国民の理解を得られることを,切に願っています。

 

 8割をこえる国民が、戦後の象徴天皇制を支持している調査データがある。天皇が、「国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得ているという象徴的行為に、ほとんどの国民は尊崇の念をいだく。

宮内庁がまとめた天皇が公務にたずさわった日数は、年間365日の70%をこえる。(2015年―2612014年251日、2013274日、2012242日)。

普通の公務員以上の精勤精励のお務めであるようだ。

◆わたしは国民のひとりとして、天皇のメッセージをどのように「理解」すればいいか。

 

1)天皇のおことばの抜粋

11分間の録画メッセージから抜粋する。

 a.80を越え,体力の面などから様々な制約を覚える

b.天皇もまた高齢となった場合,どのような在り方が望ましいか 

c.日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方

d.皇室が,いかに伝統を現代に生かし、社会に内在し人々の期待に応えていくか

 e.重い務めを果たすことが困難になった場合,どのように身を処していくか

f.身体の衰えで全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが難しくなる

 g.天皇の務めとして,まず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ました

 h.人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました

i.天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に

j.天皇もまた,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる

k.全国に及ぶ旅は,地域を愛し,共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ,

l.天皇として国民を思い国民のために祈る務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得た

m.天皇の高齢化で国事行為や象徴としての行為を限りなく縮小することには,無理がある

m.摂政を置く場合も,天皇の務めを果たせぬまま,生涯の終わりまで天皇であり続ける

o.天皇が深刻な状態に立ち至った場合,社会が停滞し国民の暮らしにも様々な影響が及ぶ

p.天皇の終焉に当たっては,重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き,

q.喪儀に関連する様々な行事と,新時代に関わる諸行事が同時に進行する

r.行事に関わる人々,とりわけ残される家族は,非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。s.こうした事態を避けることは出来ないものだろうか

 

2)天皇がビデオメッセージを公表するまでの経緯

 陛下に仕える宮内庁は、80代になった天皇の加齢にともなう体力の限界を気にしていた。前宮内庁長官が、「お年とともに公務を少し減らしても、象徴としての地位や国民の尊敬の気持ちは変わらない、と考えることはできないでしょうか」と進言したが、「天皇陛下は、国民のために体力・知力の限りを尽くして活動することが、象徴天皇の基本のあり方だという思いのお持ちだということが強く、伝わってきた象徴天皇にふさわしい活動と終身天皇制との間のジレンマを真剣にお考えになっていることは、おそば近くの者に非常に伝わってくるものがあった」という。

国民にむけたメッセージは、8月7日夕、皇居の応接室で収録された。皇后さまは少し離れた場所で見守られた。公表前には皇太子や秋篠宮も目をとおされた。秋篠の宮さまは、「天皇の定年制というのは必要になってくると思います」と語ったことがある。

陛下自身が発案した文面は、「天皇の発言が憲法に抵触するかもしれない」という憲法上の立場も踏まえ、内閣官房とも協議した。

 識者やマスコミは、このメッセージの趣意を、皇室典範が規定しない「生前退位のご意向」としてつたえる。

 識者たちは、NHKの皇室情報スクープとメッセージ公表という宮内庁の対応を問題とする指摘をはじめとして、皇室典範の改正をともなう譲位・生前退位の問題点まで、多様な視点と立場から論評する。

安倍総理も「重くうけとめて、有識者・専門会議を設置して検討をはじめる」という。

その対応について、天皇のメッセージをうけて政府が検討をはじめるのは、「天皇は国政に関する権能を有しない」と定める憲法に触れる恐れがあるという学者もいる。

マスコミが報道しない皇室と宮内庁と政府の「現場」では、さまざまな動きがあるだろう。国民が知りえることは、事実のほんの一部でしかない、ということが現実だ。

それぞれの国民は、天皇のメッセージにたいして、どうでもいい無関心から共感賛同や動揺反発まで、それぞれに理解するしかない。

 

3)天皇のお気持ちをどう理解するか

わたしがもっとも着目するのは、「天皇の終焉に当たって」のつぎのメッセージである。

o.天皇が深刻な状態に立ち至った場合,社会が停滞し国民の暮らしにも様々な影響が及ぶ

q.喪儀に関連する様々な行事と,新時代に関わる諸行事が同時に進行する

s.こうした事態を避けることは出来ないものだろうか

終身制天皇は、国事行為や象徴としての行為を限りなく縮小しても、摂政や国事行為臨時代行者をおいても、「生身の天皇」が心身不如意であっても、天皇が生涯の終わりまで「天皇の地位」であり続けることに変わりはない。

2013年、天皇と皇后は、火葬や陵の見直しと葬儀の簡素化の希望を表明された。

 天皇が健康をそこなう、手術する、容態が悪化する、危篤状態になる、マスコミは体温や血圧まで逐一、おごそかに沈痛の気分をかきたてながら報道する。天皇の病気平癒を願って皇居前広場には記帳者の列ができる。崩御にいたれば号外を出す。

1989年、昭和天皇の終焉にあたり、マスコミはきそって自粛ムードをもりあげた。祭りやイベントは中止、おちゃらけCMやお笑い番はテレビから姿をけした。中日ドラゴンスの優勝記念セールは中止、デパートの応援看板はとりはずされた。大きく派手な色の目立つ街頭の看板が黒幕でおおわれた。日本列島悲しみ一色、哀悼の喪にふす光景である。

今上天皇が当時の皇太子のとき、「過剰な自粛ムードによる国民生活への影響」を懸念された。その時の体験が、こんかいのお気持ちのメッセージにつながるとわたしは理解する。

 

天皇家の宮中祭祀である天皇の死の葬送行事は、殯(もがり)をふくめて約1年間つづくという。本葬である「大喪の礼」には、各国首脳も参列し、国家をあげての一大イベントとなる。 

新天皇の即位儀式は、国の行事である「即位の礼」とはべつに、「三種の神器」の引継ぎや「大嘗祭」など天皇家の私的な伝統儀式が、2年近くにもわたるという。

2020年の東京オリンピック・パラリンピック祭典と「大喪の礼」と「即位の礼」が重なったら、「国民の暮らしにも様々な影響が及ぶ」だろう。

天皇陛下は、そういう「様々な影響」への懸念を表明された。

だが、それだけであろうか?

「様々な影響」という懸念の奥底にある真意は、明治憲法をひきつぐ終身天皇制と日本国憲法の象徴天皇制の両制度に身をおく、神格天皇あらざる人間天皇の憂慮というか葛藤の気持ちではないかとわたしは推察する。

天皇の終焉にあたって日本社会を席巻するであろう「高貴な身分者」の荘重厳粛なる非日常の演出が「天皇の地位の神秘性を盛り上げ、天皇を神格化し、人間天皇の象徴制をあやうくする」ことへの懸念ではないか、とわたしは理解するのである。

 

4)下衆の勘ぐり

わたしは、天皇と皇后の「行動的象徴天皇像・生前退位」へのメッセージを、安倍首相を先頭とする憲法改正・自主憲法制定論者たちの願望に対比させる。

19461月、GHQ統治下において、昭和天皇は「新日本建設詔書」で人間天皇を宣言した。

「朕ト爾等国民トノ間の紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ

ところが、20124月に決定した自民党の日本国憲法改正草案の第1章天皇第1条は、明治憲法にある「元首」をわざわざあえて復活させ、国民の国旗と国歌への尊重義務と元号を規定する。

1条 天皇は、日本国の元首であり、日本国および日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。

第3条 国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。

日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない

4条 元号は、法律の定めるところにより、皇位の継承があったときに制定する。

 

自民党の憲法改正草案へ賛同する者のおおくは、「戦後の大衆社会は、自由と人権尊重がいき過ぎている。国民を道徳的にも統率する国家権力をもっと強化すべきである。象徴天皇を国家元首として明確にすべきだ」と主張する「国家主義者」だとわたしはおもう。

「下衆の勘ぐり」でいえば、天皇と皇后は、国家主義を鮮明にする自民党の憲法改正草案が、「象徴天皇制の安定的な継続」をあやうくするという危惧をもたれているのではないか。

紀元前660年即位という神武東征神話を日本民族の精神源流とし、万世一系の皇国史観を信奉し、天皇陵古墳の発掘調査に反対し、現人神にむかって両手をあげて天皇陛下万歳とさけび、A級戦犯をまつる靖国神社に参拝し、憲法9条を改正したがり、日本民族の伝統を万邦無比としておごり、朝鮮を蔑視し、中国を敵視し、軍服姿で白馬にまたがる天皇像をあがめて興奮し、教育勅語を国民道徳のかがみとして奉り、天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ、大日本帝国立憲君主制の明治時代を郷愁する、など一部の熱烈なる民族主義天皇教信者、つまり「単ナル神話ト伝説トニ依リテ」天皇を尊崇する者たちへの嫌悪感すらもたれているのではないか。

 

たとえばつぎのような発言者に、天皇一家は同調されるだろうか?

~日本という国は天皇中心の国であります。中心がしっかりしているということと同時に、中心をみんなで支えていく。そういう国柄だと思います。

天皇陛下は国民統合の中心であり、お一人の天皇が終身その位にいらしゃることにより、日本社会が保たれる。天皇のご存在の継続に、国民は精神的なありがたさを感じる。

天皇の生前退位は、事実上の国体の破壊につながるおそれがある。

~もっとも重視すべきことは男系の万世一系の皇統を守ることなのだ。

~両陛下は、可能なかぎり、皇室奥深くにおられることを第一として、国民の前にお出ましになられないで、<閉ざされた皇室>としてましましていただきたい。

日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知して戴く。

~天照大神の子孫の神々様から始まり、神武天皇が即位なさって、神話が国になったのが日本だ。皇室も神話も日本の長い歴史の中で育まれてきた日本民族の大切な国柄だ。

~天皇のご存在の尊さは、血統原理にあるのだ。具体的なお務め能力に依るのではない。

~畏れ多くも、陛下はご存在自体が尊いというお役目を理解されていないのではないか。

 

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