4.6 「私」と「公」の関係をかんがえる ~さらにもうひとつの身辺事例 

 

1)  事例; 国税庁がマンション管理組合に「みなし法人」事業税を課す根拠?

◆マンションの「共有部分」の管理について

分譲マンション1棟は、数百戸以上に区分される集合住宅である。集合住宅には、各戸の専有部分(戸室)と全戸の共有部分(エレベータ、集会施設など)がある。マンション購入者は、法律用語でいうところの区分所有者となる。

専有部分と共有部分にかんする権利と義務は、「建物の区分所有等に関する法律」が定める。専有部分の利用と維持管理は、区分所有者の自由と責任であるが、共有部分の利用と維持管理のためには、マンション管理組合が、法律により自動的に設立される。

共有部分の利用と維持管理のために、国交省がマンション管理組合規約の標準型を提供する。マンションを購入した区分所有者は全員、自動的にマンション管理組合の組合員となり、管理組合規約にしたがう。

専有部分は、購入者である区分所有者の名義で所有権が登記される。専有部分は、その所有権を自由に売買できる不動産である。

では、各戸の住人が利用する共有部分は、どのような名義で登記されているのか。

市役所に出向いて質問したところ「規約共用という名義で登記されます」とこたえてくれた。共有部分は、区分所有者の名義ではなく、所有者が自由に売買できる不動産ではないのだ。

マンションの建物・施設には、固定資産税と都市計画税が課される。その課税対象は、区分所有者名義の専有部分と「規約共用」名義の共有部分である。

専有部分の固定資産税と都市計画税の納税義務者は、とうぜんのことながら専有部分を所有する区分所有者である。

では、「規約共用」名義で登記された共有部分の固定資産税と都市計画税の納税義務者は、だれなのか。区分所有者なのか、マンション管理組合なのか。

マンション管理組合が、共有部分の固定資産税と都市計画税を毎年納税している形跡はない。区分所有者が、共有部分の納税義務者となっているのだ。

マンション住民であるわたしが毎年、横浜市に納税する固定資産税と都市計画税の金額は、専有部分課税と共有部分課税の合算である。

「規約共用」不動産を課税対象とする組合員それぞれの納税金額は、専有部分の床面積で按分される「持ち分計算」にもとづく。その計算式は、市役所の市民税課でおしえてくれるが、そうとうに複雑である。

なぜ「規約共用」名義の不動産の納税義務者が、マンション管理組合ではなくて、その組合を構成する組合員=区分所有者なのか。

その根拠は、横浜市固定資産課税条例に規定されている。マンション管理組合は、「規約共用」部分の所有権者ではないのだから、このことは納得できる。

くどくどしいけれども、あらためて確認しておく。

マンション管理組合は、「規約共用」部分の所有権者ではない。だから固定資産税と都市計画税の納税義務者ではない。

 

◆納税問題の発生

2013年の秋、わたしの住むマンション団地で「税務問題」が発生した。管理組合理事会が、納税にかかわる事項を決議するために、臨時総会を開催する通知と解説書を組合員に配布した。それを見て、びっくりした。時効期間をのぞいて5年前に遡及する納税額が、約1400万円!!である。

国税庁が、「区分所有者が共有する施設の一部を、外部の使用者に貸し出し、賃貸収入を管理費に充当する」というマンション管理組合の事業を、「みなし法人」の「不動産賃貸収益事業」として、法人税を課することを公式に表明したからである。

ほとんどのマンション管理組合は、これまで「自分たちは営利事業をおこなう団体ではないのだから、納税義務はないだろう。自分たちが共有する施設の一部を、外部者に貸して得た賃料収入なのだから、その収入は「大家である」自分たちのものであり、自分たちが負担する管理費に相殺充当しているのだから、収益事業ではなかろう。だから納税義務はない。」と判断してきた。数年前までは、税務署もこのことを問題にしてこなかった。

ところが、国税庁は、平成24年の2月に、国交省の照会に回答することで、これまでの未納を脱税とみなすことを公表した。

そして、5年前に遡って追徴課税されるマンション管理組合のケースが、日経新聞でおおきく報道された。

 この事態をビジネスチャンス到来として捉えた人たちがいる。税理士やコンサルタントである。これまで納税してこなかったマンション管理組合の理事会に、「なるべく早く申告しなければ加算税と延滞金が増えますよ、脱税したとの風評被害をこうむりますよ」と進言した。

マンション管理組合の理事会は、さあ大変だといって、国税庁の判断、コンサルタント、管理会社、会計事務所などの専門家の意見を拝聴して、すなおに唯々諾々としたがった

理事会は、大手マンション管理会社のご指導のまま、あわてて納税申告届処理と課税計算を税理士に依頼し、納税額を算定し、その予算を計上し、臨時総会をひらき、大多数の賛成を得て納税をさっさと済ませた。

わたしは、この事態を概要つぎのように理解した。

1.     管理組合は、組合員である区分所有者(約1000人)が共有する施設の一部を、外部の業者(クリニック、保育園など)に賃貸して、賃貸収入をえている。(年間約900万円)

2.    区分所有者は、持ち分におうじて共有施設にかかわる都市計画税、固定資産税を役所に払い、減価償却費に相当する修繕積立金を管理組合に払っている。

3.    管理組合は、マンション管理会社に共有施設等の管理を全面的に委託している。(管理組合の支出の約半分、年間約12千万円)

4.   管理組合の賃貸収入は、区分所有者に帰属するものであるから、分配金として、組合員が管理組合に払う管理費収入に充当・相殺されている。

5.   ところが、税務署は、管理組合の賃貸収入を、「管理組合の収益とみなす」とした。
それにもかかわらず、その収入に対する必要経費として、都市計画税、固定資産税および減価償却費を認めない。
その理由は、「賃貸物件は管理組合の所有物ではない」からである。

6.    管理組合理事会は、税務当局の見解を受け入れて以下の結論をだした。

「管理組合は今後、みなし法人として毎年250万円ちかい事業税と市県民税を納税しなければならない。さらに5年に遡って本税と延滞金を、国に納めなければならない。」

 

以上の理解をふまえて組合員である筆者は、「不動産賃貸事業の必要経費として、都市計画税、固定資産税および減価償却費を認めない課税計算は、きわめておかしなことじゃないのか!」と思って理事会に異議申し立てをおこなった。

その基本的な根拠は、つぎの区分所有法第19条と団地管理規約の規定である。

区分所有法第十九条 (共用部分の負担及び利益収取)

各共有者は、規約に別段の定めがない限りその持分に応じて、共用部分の負担に任じ、共用部分から生ずる利益を収取する。

■団地管理規約・店舗等設置箇所運営細則 第12条(店舗等設置箇所の運営等)

  店舗等設置箇所に関する諸費用等は、団地管理費にて負担するものとする。

店舗等設置箇所に関する収入は、団地管理費に繰り入れるものとする。

 

2)関係者たち

この状況には、以下の関係者が登場し、情報とマネーの流れにかかわる。

管理費

組合員→管理費→管理組合→理事会→(管理委託契約)→マンション管理会社ほか

◆賃貸料

管理組合→理事会→(賃貸契約)→共有施設の借主→賃貸料→管理組合

◆公租公課

組合員→固定資産税、都市計画税―→横浜市

◆みなし法人事業税

コンサル・管理会社・税理士→理事会→みなし法人事業税→国税庁

◆「私―共―公」の枠組み
「私」は、組合員それぞれの個人およびマンション管理会社など私企業の社員である。

 「共」は、管理組合・理事会であり、その執行は役員が担う。

 「公」は、国税庁・税務署であり、その執行は公務員が担う。

 

3)「共」理事会の対応 ~「共と「公」の関係

 マンション管理組合理事会は、マンション管理会社とコンサルの説明をうけて、つぎのように判断した。

・納税義務は逃げられない。

・放置しておけば、税務当局から税務調査(がさ入れ)を受けてしまう恐れがある。

・それは、社会的評価の棄損や風評被害など、資産価値の減少につながる。

・納税義務を一刻も早く完遂し、汚名を蒙ることないように努めよう。

 そこで、新たに税理士と業務委託契約をして、約100万円の納税額を算出し、納税申告の手続きをおこなった。そして、理事会は、納税にかかわる事項を決議するために、臨時総会を開催する通知と解説書を組合員に配布したのである。

 その理事会が配布した解説書は、区分所有法第19条や団地管理規約に言及することなく、ただひたすら「可及的すみやかに納税すべき」自主申告納税義務の説明だけであった。

 

4)「私」組合員の意見 ~「私」と「共」の関係

「納税問題」にかんする組合員の意見は、つぎのように分類できる。

  税務当局および外部関係者の見解を、全面的に了承する/疑問があっても従う

  課税の根拠、経費計上など、自分たちの意見を集約して税務当局と交渉する

  よく分からない、どっちでもいい、理事会に任せればいい

全体として明らかに②は少数派であり、①と③が多数派をしめる。

臨時総会の出席者は、組合員の約5%。大多数の70%は、委任状か議決権行使届で総会成立。総会前に数名の組合員が、質問書を理事会に提出したが、総会の冒頭約30分間、それらの質問にまとめて、議長である管理組合理事長から、口頭で回答があっただけである。

 

5)「共」管理組合と「公」税務署との「更正請求」の協議

 納税をすませた後、理事会は「納税問題対応委員会」を設置し、①不動産賃貸事業収入の帰属先および②不動産賃貸事業の経費計上の2点について税務署に照会し協議を求めた。

 税務署の課税部門は、法人課税と個人課税に分かれている。

管理組合が納税相談をする窓口は、法人課税部門である。法人登記をしているわけではない「権利なき社団」にすぎない管理組合が、税法上は「みなし法人」として事業税が課せられるわけである。

◆税務署の結論

  税務署は、管理組合の不動産賃貸事業の必要経費として、都市計画税、固定資産税および減価償却費を認めない

  税務署は、管理組合の管理費を共用部分全体に占める賃貸物件部分の割合に応じて、不動産賃貸事業の必要経費として認める。

この結論にもとづき、委員会は、管理費の経費計上範囲の見直しを税務署に要求し、納税額の減額を請求した。税務署は、その要求を認めて5年前にさかのぼって更正請求を受理し、管理組合に還付金を支払った。

 

6)何が問題か? ~「私―共―公」の視点

国税庁・税務署は、区分所有法第19条と団地管理規約を、国家にとって都合よく解釈し、管理組合・組合員・国民にとって「いちじるしく不利益をもたらす」ように解釈している、とわたしはおもう。

しかし、会計事務所や税理士が開示しているホームページをみても、国税庁・税務署の見解を不当とする意見は見当たらない。

理事会は急いで自主申告納税すべきと結論した。

1000人に近い組合員たちは、さまざまな意見や経験や専門知識の持ち主であるが、その組合員の大多数が、理事会の議案に賛成した。

理事会の議案と総会の決議に納得できない組合員は少数派であった。

わたしは、税法の専門家ではないけれど、零細企業の経営を20数年間して毎年納税申告をしてきた。脱税の意思はなくとも、税務署が定期的に事業所の税務調査をおこなうことは経営者にとっては常識である。わたしも数回、税務調査を受けた経験がある。

税務調査を受けること自体は、何らやましいことでも、汚名でも、恥でもないというのが、社会常識であるとわたしはおもう。

ところが、この社会常識は、理事会役員の常識とはちがうようだ。区分所有法第19条と団地管理規約にもとづく「公」国税庁の判断は「おかしい」と考える自分こそが、「理屈っぽい個人的な考えでおかしい」ということになるのだろう。

このような現実のなかで、わたしがひとりの国民としてできることは、「私」個人と「公」国家の関係への行動である。この「私」と「公」の関係は、確定申告のときに自分の主張をもって税務署の個人課税部門や市役所の市民税担当者に相談すればよい。国民として、市民として行政不服審査請求という手段もある。

だが「私」個人としては、「共」集団である管理組合と「公」国家の関係には、直接的には参画できない。「共」集団意志をもつ理事会が、組合員全体の「私」個人の意見を代表することになっているからである。

そこで、自分が納得できない納税問題にどう向きあうかという問題は、「私」の意見と「共」集団意志とがちがう事態にどう向きあうか、という問題になる。

「共」管理組合・理事会は、「公」国家・税務署の処置を妥当とする。「私」組合員であるわたしは、税務署の判断を了解できない。しかし「私」は、自分が所属する「共」集団である管理組合の決定に従わざるをえない。民主主義の多数決原理なのだから。

この多数決原理の民主主義体制の現実は、つぎのように図式化できる。

◆「公」国家→(法律)→「共」組織・法人→(集団意志)→「私」個人

「私」は「共」に従い、「共」は「公」に従い、そして「私」は「公」に従う。NHK会長ですら「政府が右と言うことを左というわけにはいかない」というご時世である。

組合員は、理事会にお任せ。理事会は、外部の管理会社とコンサルにお任せ。管理会社と税理士は、国交省と国税庁へ判断のお任せ。この「お任せ」意識とそれを支える社会システムこそが、納税問題が発生した根本的な原因とかんがえる。

 

7)戦後民主主義思想への問題意識 ~「共」自治思想の考察

「お任せ」意識を指摘したからといって、わたしは理事会や圧倒的多数の組合員を批判する気持ちはない。マンション団地の住民としてのわたしの立場や関心は、1.失われた「共」精神 ~マンション暮らしで思うことのほかに記した。

その趣旨は、「私」自分と「公」国家の中間に位置する「共」集団意識にもとづく自治精神と共同体の行動訓練が、戦後の民主教育では否定され、拒否されたことへの感想である。

管理組合のあり方について、そもそも論をいえば、区分所有法が規定する「共有施設の共同管理」を、自治思想なき住民に求めることが、そもそも無理なのだ。区分所有法の実態は、国交省―マンション事業者―マンション管理会社の立場と利益を優先する法律でしかない。

このように理窟をこねる隠居老人は、納税問題の抜本的な解決策として、つぎのどちらかの選択を妄想する。

A「共用部分」をマンション販売事業者の所有物とする管理組合は解散する。

区分所有者は、「共用部分」使用料をはらう。これまでの管理費と修繕積立金に相当する金額。

B自治的な社会思想を訓練する可能性としてのマンション団地経営のあり方を追求する。

マンション団地という都市型生活環境において、自分たちの「共有資産」を「自分たちで管理する」という思想→自治思想・共生思想と行動能力を鍛える。

 老生の選択はBである。管理組合の「納税問題」対応を日本の民主主義体制の縮図とみなす。

○組合員→管理費→管理組合理事会→管理委託→民間企業→資本主義

○国民 →税金 →国税庁・都道府県・市町村→公共事業発注→民間企業→資本主義

この問題意識は、「私」個人→「共」集団→「公」国家→「天」自然という遠近法の視点から戦後70年の日本社会の民主主義思想を問いなおすことである。

その社会思想は、西欧流の/個人主義にもとづく資本主義と近代の/国民国家主義を基盤とする。そこには/共同体思想は不在である。「公」国権が、「公共」事業を独占して、「私」人権を保護すると同時に制約する。

現代社会の①政治(権力)思想は、法律・順法意識の国家主義である。

現代社会の②経済(損得)思想は、貨幣・拝金意識の資本主義である。

現代社会の③文化(美醜)思想は、倫理・道義心の相対化意識の個人主義である。

2015年の日本と世界の政治状況は、国境の縄張りをまもるために、国権をふりかざす国家主義思想がますます高まる気配である。

その国家主義は、どこまでも貪欲に経済成長をめざす。資本主義と国家主義に支えられる個人主義の文化活動(学問、芸術など)は、かぎりなく理想空間や仮想空間をめざす。

老生は、この潮流を「いき苦しく」かんじる。この思潮にあらがう隠居老人の妄想は、「私」個人が孔孟流の「公」国家に在りながらも、老荘流の「共」小国寡民のグローバル社会を生きるイメージである。国権を相対化して国境を融解させ、もっと自然で「ほどほどの人間関係」の自治的共同体=老子80章がえがく「共」地域コミュニティの実現である。

自分がすむ地域の身近な「4.4通路開設要求」と「4.5海水面開放要求」などを事例として、「私」個人主義と「公」国家主義を媒介する「共」自治思想の考察をつづけよう。

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