19稿 「癌と共に~癌患者周辺知識、他~ 2014531

 

目 次

1.SP療法7クール目の評価

2.ヒト臨床試験とは

3.癌サバイバーになるXDay

4.医療費と消費税増税

5.平成26年度の診療報酬改定

6.再び昭和史~日本海軍の第一次世界大戦への参戦について~

 

1.SP療法7クール目の評価

 ティーエスワン100㎎(朝250㎎、夕250㎎)を428日より服用開始し、512日入院するまで継続服用した。入院当日、化学療法開始前日に採血、検尿、心電図、レントゲンをとり、万全を期して待機していたが、シスプラチンの点滴静注は、今回も白血球低値、好中球1000以下という結果となり、SP療法自体の治療を中止せざるを得なかった。今後の治療としては、ティーエスワンを100mgから80㎎(朝2カプセル40㎎、夕2カプセル40㎎)に減量し、シスプラチンは90㎎から2割減量する事になった。胃全摘後3年間ティーエスワンを服用してきた事で白血球/好中球数は低値安定となり、術前の状態に回復する事は無くなった様である。休薬して数値が回復してもティーエスワンの服用を始めると、好中球数は1000以下の低値になり骨髄機能を維持する為にシスプラチンを投与出来なくなってきており、主治医もいろいろ考えてくれている様である。以上の理由で次回は63日に採血し、当日の夕方よりティーエスワンを服用し、9日に採血し、結果次第で10日入院する手はずとなった。現状、CT画像では癌は確認できていないものの、実際は癌がSP療法に耐性をもってしまい、嵐の前の静けさではないだろうかと少し不安になってきている。一方で、常にスムーズに食事が出来ている訳ではないが、食欲はあるし全身状態もさして気にはならないし、3年も良い状態で延命出来ているし、それだけでも十分かなと言う気持ちにもなっている。延命するとどうも気持ちがその時々に揺れ動く様で、まだまだ真の達観には程遠い様である。それでも本日より62日までティーエスワンを服用しないで済むことにほっとしている自分もいるのである。

 

2.ヒト臨床試験とは

 臨床試験と聞くとモルモットにされていると感じる患者も多いと思う。それは誤解であるので私なりにヒト臨床試験について述べて見るようと。

1)  治験と臨床試験の違い

抗癌剤の新薬開発当時、私は、治験(Clinical Trial)を新薬開発の為の臨床試験、臨床治療試験と言い、臨床試験(Clinical Study)はヒト(患者や健康な人)を対象とし治療を兼ねた試験と理解していた。この2つの試験を臨床研究(Clinical Research)と言い、臨床研究は、臨床試験だけでなく症例報告や調査も含めた研究を表す言葉として使用していた。臨床試験は、前向きに研究を行い、その効果を調査するという点では一部治験も含まれるが、新薬の開発目的に限らない点で治験とは異なるといえる。要するに治験とは、新しい医薬品や医療用具の製造・販売の承認を厚生労働省(規制当局)から得る為に実施する臨床試験の事である。

病院の診療科単位で患者の了解の下、臨床試験を実施する際、多くの患者に臨床試験と言う言葉の意味をきちんと理解させるのは困難の様な気がする。早とちりされ、検査代が無料になるとか交通費が貰える等と思い違いするケースもある。医師は患者に依頼する場合は、臨床研究・臨床試験・治験の持つ意味を理解してもらい、臨床研究に参加してもらう為にインフォームドコンセントを行い、患者に理解して貰うまで費用の事も含めて十分時間をかけて説明すべきであると思っている。

治験と臨床試験の違いを以下に補足説明するのでご理解願いたい。

(1)治験

承認前の医薬品候補物質(まだ医薬品ではない物質)を実際に患者や健康人に投与する事により、安全性と有効性(効果)を確かめる必要があり、この「新薬開発」の為の「治療を兼ねた試験」を治験と言い、実施に当たっては事前に厚労省へ届ける必要がある。

(2)臨床試験

  患者や健康人に対して行う「治療を兼ねた試験」を指すが「新薬の目的に限らない」のが特徴である。「新薬開発」だけでなく、患者や健康人に対して、薬の効果の追跡調査を行い、既存薬の承認された効能以外の別の効能を調査、確認する試験である。治験を兼ねた試験の全てを指し、厚労省には事前に届ける必要は無いケースが多い。

2)  臨床試験の種類について

大きく分けると「治験」と「研究者(医師)主導臨床試験」がある。

(1)治験

厚労省から新薬として承認される事を目的とし、未承認薬・適応外薬を用いて主に製薬企業が実施し、これまで患者に使われた事の無い薬の安全性や有効性を調べる試験である。厚労省の承認が得られると、企業が薬を販売し、認められた病気の範囲内で処方箋薬として使える様になる。なお、「治験」とは、一般には薬を開発している企業が医師に依頼して実施する臨床試験の事を指すが、2002年に薬事法が改正され、医師が自ら治験を実施出来る様になった。医師が自ら実施する治験の事を特に「医師主導治験」と呼んで企業が行う治験と区別している。

(2)医師(研究者)主導臨床試験

医師が主体になって非営利で行う試験である。これまで厚労省で承認された薬、治療法や診断法から最良の治療法や診断法を確立する事、薬のより良い組み合わせを確立する事を目的としている。「治験」が薬そのものの安全性や有効性を調べる事を目的としているのに対し、「研究者(医師)主導臨床試験」は、時に手術や放射線療法との組み合わせを考えて、治療法の安全性や有効性を調べる事が目的である事が多いという違いがある。

3)臨床試験(治験)の各段階

臨床試験には大きく3つの段階があり、各段階で安全性や有効性を確認しながら順番に進めていく。この開発段階の事を「相或いはフェーズ」といい、3つの段階の事を第Ⅰ相試験、第Ⅱ相試験、第Ⅲ相試験と呼んでいる。癌の場合とその他の病気の場合では、臨床試験の進め方に若干異なる場合がある。以下は癌の場合の一般的な治療法開発の進め方を意識して説明する。但し、癌の臨床試験(治験)の場合であっても、若干治療法によって違いが生じる事がある。

(1)           第Ⅰ相試験は、

安全性の評価を主目的とする。薬理作用の評価、治療強度(用量)や用法を検討する。具体的には毒性の種類と程度の検討、最大耐量の推定、次相(第Ⅱ相試験)への推奨量の決定、薬物動態・薬力学の検討、治療効果の観察、治療効果の予測マーカーの探索(主に分子標的薬)である。

(2)           第Ⅱ相試験は、

第Ⅰ相試験の用法・用量に従って、治療効果を評価する。対象患者が増える為に、安全性の評価にも気遣いが必要である。具体的には薬剤の特定の癌腫に対する抗腫瘍効果の評価や蓄積毒性を含む毒性の評価、薬物動態・薬力学の更なる検討、第Ⅲ相試験に進めるかの判断を行う。

(3)           第Ⅲ相試験は、

有効性が確認された薬剤を、従来の標準療法と比較検討する。この様に3つの段階を進める事で第Ⅰ相より第Ⅱ相、第Ⅱ相よりも第Ⅲ相の方が治療法の開発が進んだ段階にあり、より臨床現場に近い状況になる。

以上の第Ⅰ相~第Ⅲ相の試験を終えて、厚労省に晴れて新薬として承認されると、製薬企業は製造・販売業の許可を得、薬価収載後から販売出来る事になる。販売後は第Ⅳ相試験が義務付けられており、多数の患者を対象に主として安全性を評価する為に行われる。わが国の薬事法により規定された市販後調査として、市販後調査、使用成績調査、特別調査、市販後臨床試験が行われている。

4)新規抗癌剤の開発と承認

申請の為の治験は製薬企業が主体となり、GCP(医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令、Good Clinical Practice)に則って行われる。2003年からは研究者主導臨床試験で行う事も可能になったが、私は現実的に病院に所属する医師が申請まで出来るのか疑問に思っている。従来抗癌剤は、有効性が期待される薬剤をなるべく早く一般診療に使用出来る様にする為に、差し迫って必要とされる抗癌剤については第Ⅱ相試験の結果に基いて例外的に薬剤として承認してきた。私が関与したカンプト注も第Ⅱ相試験のデータで申請し承認された。しかし、2006年に「抗悪性腫瘍薬の臨床評価法に関するガイドライン」が適用され、非小細胞癌、胃癌、大腸癌、乳癌等、患者数が多く、ある一定の標準治療が確立された癌腫では、原則として、延命効果を中心に評価する第Ⅲ相試験の成績を承認申請時に提出する事が必須になった。わが国の抗癌剤の承認に関しては海外に比べて遅い、保険適用が癌腫によって制限されている事である。国内開発が効率的かつ迅速に進む様に、海外に信頼できる当該第Ⅲ相試験の成績があれば、日本、アメリカ、EUの医薬品規制調和国際会議のガイドラインに基づいてこれを承認申請に使用出来る事になっている。また、世界規模で行う臨床試験に参加して、開発を早める事も試みられている。今後は国内における薬剤開発・臨床試験の基盤整備は不可欠である。また、適応外使用については、抗癌剤に限った問題ではなく、運用法についても再考する必要がある。新薬の開発・承認・適用と費用は不可分な関係にある。今後は、費用対効果・便益等についても十分に検討する必要がある。

 

3.癌サバイバーになるXDay

 私は3年前の6月17日に浸潤性スキルス胃癌を全摘し、胆嚢も摘出した。外科的には完全治癒切除出来て、その後の治療は再発予防を目標にティーエスワンを1年間服用した。外来での経過観察では新たに癌を確認する事は無く、癌サバイバーとして1年間のびのびと過ごす事が出来た。しかし、術後2年目のCT画像には横行結腸に癌の再発を認め、進行転移胃癌ステージⅣという末期癌であった。同時に腸管は腹腔内壁に癒着し、食事が出来なくなり、人工肛門を作る必要が生じた。それから今日(5月12日)までSP療法を7クール継続し、11カ月が過ぎた。しかし7クール中、4クールは抗癌剤による骨髄抑制により、シスプラチンを点滴静注することは出来なかった。しかし、CTにて癌細胞を見付けられず、癌はティーエスワンで進行を抑制しているのか、あるいは目には見えないミクロな癌細胞が潜んでいるのか分からない現状であるが、明らかに癌細胞を確認するに至っていない事は厳然たる事実である。よって、主治医の小松医師は、欧米の医師なら治療終了を宣言し、あとは定期的な血液検査・CTで様子を見るという事になるが、北大にて治療を開始してから1年間(本年9月まで)は、潜んでいるかもしれない癌をSP療法継続にて殲滅したいという提案を受けた。最終的にはCT,PET検査を行い、CTで癌が確認出来ず,PETで転移や再発が確認出来なければ治療を終え、私の希望があれば人工肛門を元の状態に再建する事も可能であると言われた。その後は治療無しで、外来にて定期的に様子を見るというスケジュールなり、そこから更に4年間癌が現れなければ、確実に癌を殲滅した事になるので、未だ先の長い話ではあるが、癌サバイバーとして洋々たる未来に向かえるという気持ちを持てるのは有難い事である。

余談ながら、高齢者になると世間話で「今日はCTだ!」、「MRIだ!」、最近では「PET検査をしてきた!」という会話が聞かれる。そこで3者の相違について簡単に解説する。

1)    CT(Computed Tomography;コンピューター断層撮影)

レントゲン写真と同様に体を通過したX線を検出器で捉えて、組織のX線吸収率の違いを画像化する。レントゲン写真との違いは、検出器が体の回りを回転し、あらゆる方向から撮影したデータをコンピューターで計算する為、三次元的な吸収分布画像が得られる事である。只腫瘍の性状把握や血管の詳細な描出の為には造影剤を使用しなくてはならない為、わずかながら造影剤の副作用もある。私の経験では撮影前に腕に造影剤を注入する為の流入口を設置する時、ちょっと痛みを感じ、撮影時の造影剤注入時に体が暖かくなるという程度のものであった。

2)    MRI(Magnetic Resonance Imaging;核磁気共鳴撮影)

人間の体の水分や脂肪に多く含まれる水素原子核は、強い磁場の中に入ると一定の方向に揃う特徴がある。この状態で特定の周波数の電磁波を受けると「共鳴」という現象を起こし、電磁波の照射が終わると、今度は逆にエネルギーを電磁波として放出して元の状態に戻る。この時に、人体の水素原子核から放出される電磁波を捉えコンピューターで解析し、画像化したものがMRI画像である。MRICTと違って検査被爆はないし、部位によっては造影剤を使用しなくても血管像が得られる。ただCTより検査効率が低く、20~30分以上の検査時間が必要である。更に分解能はCTよりやや劣り、CT0.5mm程度の分解能を持つとすれば、MRIでは0.8mm程度の腫瘍しか見分けられない。

3)    PET(Positron Emission Tomography;陽電子放射断層撮影)

癌細胞は、ブドウ糖を多く取り込む特性があり、その性質を利用して体内の癌の有無や位置、大きさ等を調べるのがPET検査である。PETとは放射能を含む薬剤を用いる核医学検査の一種である。放射性薬剤を体内に取り込ませ、放出される放射能を特殊なカメラで捉えて画像化する。PET検査は、大半がブドウ糖代謝等の機能から異常をみる。臓器の形だけで判断が付かない時に働きを見る事で診断の精度を上げる事が出来る。PET検査は通常癌や炎症の病巣を調べたり、腫瘍の大きさや場所の特定、良性、悪性の区別、転移状況や治療効果の判定、再発の診断等に利用されている。日本では2002年4月に糖代謝を反映するPET薬剤である2-deoxy-18F-fluoro-D-glucose(FDG)が保険適用になった。癌などの悪性細胞は正常細胞の3倍から8倍の糖代謝を行っている為、悪性腫瘍にはFDGが多く取り込まれ、その集積度によって腫瘍の活性を推定する事が出来る。PET検査による被曝は、年間の自然被曝とほぼ同等で問題ない。ただ欠点としてはCTMRIに比べると空間分解能がやや劣る事があげられる。機種によって異なる様であるが、およそ5㎜程度の腫瘍しか見分けられない様である。

4)    PETCT

近年は、PETCTという装置を一体化させたPETCTという装置が登場した。PETCTの両方で撮影した画像は、PETだけの検査よりも腫瘍の位置や大きさなどを詳しく知る事が可能となった。この検査の特徴は、癌の早期発見、転移、病期診断、再発の診断に有効である。全身を一度で調べられ、予想外の癌の発見に威力を発揮する事から、癌の可能性が疑われながら他の検査で病巣が発見できない「原発不明癌」の診断や癌の転移・再発を調べるのに特に重要な検査とされている。近年この特性を利用して全身の癌のスクリーニングを主な目的とする「PET検診」が注目され、人間ドックのオプション検査として受けられる所も増えた。PET検査で癌は何処まで発見できるかと言う点で、癌細胞は勝手に増殖して大きくなり転移などを起こして広がる。その活動のエネルギーの元はブドウ糖で、癌細胞は正常細胞の何倍もの量のブドウ糖を取り込むためF-FDGを注射すると、この薬も癌病巣に集まる。薬が集まったところからは放射線が多く放出されるので、それを捉えて画像化する事により癌の病巣を見つけ出す事が出来る。一般に癌が1cmほどになればPET検査で発見できる。PET検査では早期胃癌はわからず、PETが役立つのは進行癌の転移や再発の診断に限られる。胃癌を見付けるには胃カメラによる検査が最も優れている。

纏めると・・・CTX線、MRIは電磁波、PETは体内からの放射線の画像化と言う事になる。

 

4.医療費と消費税増税

4月より消費税が5%から8%に増税された。消費税は消費者が物品等を購入した際に支払われるが、社会保険診療で受ける医療費には消費税はかからない。但し、医療機関が仕入れる医薬品や医療機器には消費税がかかる。消費税とは、消費者が負担し、それを事業者が納付するものであり、事業者には実質的な税の負担が控除される仕組みになっている。消費者を患者、事業者を病院に置き換えて考えると、患者が医療費で支払った消費税は、病院が薬品購入等の際に支払った消費税分の控除差額を納付する事になる。しかし、現実は社会保険診療には消費税がかからないので、病院が支払った消費税はそのまま病院の負担(控除対象外消費税)になる。過去の消費税増税に際しては診療報酬に上乗せが行われ、患者の医療費負担増になっていた。当然、病院にとっては消費税がカバーされるほどの上乗せはなかった。日本医師会は、社会保険診療にも消費税をかけて、そのうえで患者負担のないゼロ税率、軽減税率、あるいは還付制度を導入し、患者負担の増加を無くすという消費税の原則に適った提案をしている。本年(平成26年度)は診療報酬が改定され、消費税分がどこまでカバーされるか、病院にとっては気懸りな局面である。一方で地方の中小病院の最大の経営危機は医師不足にある。医療サービスは医師の診療が扇の要となり、そこから広がっていく。従って病院経営の根幹は良い医師を揃える事が必要条件と言える。平成16年から導入された卒後臨床研修制度により多くの初期・後期研修医、若手医師は大都会や有名病院を目指した。その結果、大学では若手医師が減少し、地方病院への医師派遣能力が低下した。この様な医師の動きは今様の若者気質のせいというよりも制度がもたらした結果と言える。公共性が求められる医療の根幹である医師の配置を市場原理に任せた弊害と言える。

 

5.平成26年度の診療報酬改定

非課税である保険診療では、消費税率の引き上げの際にその相当分を診療報酬・薬価・医療材料に上乗せするが、120144月の現行5%から8%への引き上げ相当分として1.36%引き上げる。次に焦点だった医師等の技術料に相当する診療報酬本体は0.1%引き上げで決着、薬価・医療材料は1.36%引き下げる。消費税増税に伴う診療報酬本体、薬価・医療材料の引き上げは、保険診療は非課税であるため当然の措置といえる。この為、消費税増税に伴う1.36%の引き上げ分を除けば、事実上ネット1.26%のマイナス改定(本体0.1%引き上げ、薬価など1.36%引き下げ)と見る事が出来る。

薬価・医療材料について詳細に見ると、薬価・医療材料は、市場実勢価との乖離分として1.36%引き下げるが、消費税率引き上げによる補てんとして0.73%引き上げる。これにより薬価・医療材料は実質0.63%引き下げとなる。

 

6.再び昭和史~日本海軍の第一次世界大戦への参戦について~

 昨年、韓国軍に弾丸を譲る記事が出てちょっとした騒ぎになり頓挫したことを記憶されているだろう。また、海上自衛隊がインド洋で給油活動した事やソマリア沖アデン湾での海賊対処の活動も記憶されていると思う。この様な事は、第一次世界大戦時の出来事とは意味合いが異なるが、我々が知らされていないだけで、第17稿1.2)日本の侵略戦争の真実(第一次世界大戦)の項で触れたが、実は日本帝国海軍は三国協商(連合国)側のイギリスの要請で中国に駐留していたドイツに参戦すると同時にヨーロッパにまで連合国を支援する為に出向いていたのである。第一次大戦は1914年夏に勃発し、ドイツ、イタリア、オーストリアの三国同盟側との4年以上にわたる総力戦であった。犠牲者数は兵士、民間人を合せて2,000万人に上った。日本人にとっての戦後は第二次世界大戦であるが、ヨーロッパ人にとっては「あの戦争では…」と言うと第一次世界大戦を意味している。日本は19148月に日英同盟を結んでいたイギリスの要請でドイツに宣戦布告して参戦した。

1)    日英同盟に呼応しての第一次世界大戦への参戦

1916年のロシア軍によるブルシロフ攻勢が日本の武器・弾薬無しで実施しえなかったと評価されている様に日本の対ロシアへの武器輸出は相当な量にのぼった。また日本は対フランスに対しても武器を輸出し、同国の為に12隻の駆逐艦を建造している。勿論、日本は同盟国のイギリスに対しても海軍を中心に武器輸出を行った。連合国側への武器・弾薬の輸出はほぼ全て有償であり、結果的にかなりの額の外貨を獲得した。余談であるが、国立西洋美術館に展示されている絵画類の基となった「松方コレクションは、その多くが船舶不足に悩むイギリスに対する輸出で得た利益を収集に当てたのである。191612月に日本はイギリスから地中海への艦船派遣要請を受け、引き換えに西太平洋でのドイツ領南洋諸島の割譲等、戦後の講和会議を見据えた上でこの要請を受諾した。日本は第一次世界大戦後のヴェルサイユ講和条約で新たに創設された国際連盟により、この南洋群島の赤道以北を委任統治領として事実上占有する事が認められた。1917年までは基本的にはアジア、太平洋地域に限定していたが、ヨーロッパでの要員及び物資不足、更にはドイツ潜水艦による連合国側の船舶への攻撃の脅威が高まる中、日本はイギリスからの要請に応じる形で19174月から第二特務艦隊を地中海に派遣し、ドイツ潜水艦に対して連合国側船舶を護送する任務に就いた。巡洋艦「明石」、駆逐艦8隻を派遣したが、その後「明石」の代艦として装甲巡洋艦「出雲」が、19172月に開始されたドイツの無差別潜水艦作戦に対応する為に駆逐艦4隻と共に増派された。特務艦隊は348回の護衛任務を実施し、連合国艦艇及び輸送船788隻を護送、約75万人の要員を護送すると共に34回の戦闘も行った。19175月第二特務艦隊は、ドイツ潜水艦によって沈没したイギリスの客船「トランシルヴァニア」の救助活動を2隻の駆逐艦で行い、乗員約3300人のうち、3000名を救助した。その功績でイギリス王室より将校・水兵に勲章が授与された。参戦する事は悲劇も当然の事ながら避けられず、駆逐艦「榊」が19176月クレタ沖の東地中海でオーストリア潜水艦の魚雷攻撃を受け、大破、艦長以下59名の死者を出す惨事となった。1918年春、西部戦線におけるドイツ軍の大攻勢「カイザーシュラハト」を受けて、連合国側が、要員、物資を大量にヨーロッパに送り込む事が喫緊の課題であり、地中海でアレキサンドリアとマルセイユ間を「ビッグコンボイ」と呼ばれる護送船団方式を用いて、第二特務艦隊は往復5回に亘る任務の中核的な役割を果たすと共に、最小限の被害で船団の護送に成功した。この日本帝国海軍の働きは、イギリス海軍軍人を中心にその実態を知る人々から高い評価を受ける事になった。

第一次世界大戦に、しかも海軍がヨーロッパまで出向いて行った事を恐らく殆どの日本人は知らないであろう。日本の貢献、取分けドイツ潜水艦との戦いについては、どれ程連合国側に恩恵をもたらしたか決して忘れ去られてはならない事実である。

2)    アジア・太平洋地域・シベリアでの戦争

アジア・太平洋地域、更にはインド洋での戦争は主として海軍によるもので、青島上陸作戦は陸軍の主導であった。この中には西太平洋のドイツ領南洋群島(マーシャル諸島、カロリン諸島等)の占領、シュペー提督指揮下のドイツ艦隊の追跡、オーストラリア及びニュージーランド軍の護送、太平洋のほぼ全域に亘る哨戒、更には19152月にシンガポールで起きたインド兵士による反乱の鎮圧が含まれる。

シベリア出兵は1918年から開始された。1922年北樺太の保障占領は1925年まで継続されたが、日本は7万人以上の兵士を派遣した。

以上、第17稿と合わせ読めば日清戦争から第二次世界大戦まで続いた戦争と言うものの正体が少しは理解できるのではないかと思う。

 

以上 2014531日  No.20へ