第30稿 「癌と共に~CPT-11との再会~」 2015年5月18日
1.PTX7コース1投目治療成績
2.CPT-11(一般名:塩酸イリノテカン、商品名:カンプト注)初回投与
3.発病と闘病生活の2年間
4.第1報 症例報告
1.PTX7コース1投目治療成績
1)PTX1投目
2015年3月9日、採血、X線撮影、整形外科外来、消化器内科外来、外来治療センターと忙しかったが、3月6日のPET/CTの結果も良く、癌細胞はいずれにも見られなかった。血液検査による白血球数6600、ヘモグロビン9.1、好中球数2825も問題なく、CA19-9 は前回より134.0と多少増加しているが、PTX投与には何ら問題なく、7コース1投目PTX100㎎を常法通りに点滴静注出来た。
2)PTX2投目
3月16日の血液検査では白血球数5100、好中球数2305、CRP<0.02で、PTX投与に何ら問題なかったが、血清総蛋白5.8(参考値6.7―8.3)、血清アルブミン3.2(参考値4.0―5.0)と栄養状態が悪く、その原因は食が細くなり、輸液で補完しきれていないことが懸念され、経腸栄養剤エネーボ配合経腸用液を処方された。次回改善が見られなかったら、胃カメラで確認しステントを留置する事も必要かもしれないと言う事であった。7コース2投目は外来治療センターにてPTX100㎎を常法通りに点滴静注出来た。次回3投目の血液検査でCA19-9が134.0より増加する、或いは低値となっても、PTXが効いているうちにCPT-11(カンプト注)の投与を考えたいとの主治医の意見であった。
3)PTX3投目
3月23日の血液検査では白血球数4100、好中球数1718、CRP0.02で、PTX投与に何ら問題なかったが、血清総蛋白5.8(6.7―8.3)、血清アルブミン3.2(4.0―5.0)は前回同様の値で改善されたとは言い難いが、下げ止まりになり、食欲も出て喉の詰りも無くなってきたことで体重も52.5kgに復調してきた。しかし、腫瘍マーカーCA19-9は83.5(2/5),
109.4(2/19),134.0(3/9),153.7(3/23)と右肩上がりで気にはなる。PET/CTでは撮像出来ていないと言う事実をどう理解すればいいのか疑問の余地はあるが、この際、CPT-11での治療に切り替えるのも一手であろうかと考え、主治医と相談の結果、PTX療法は2投目でペンディングとし、3月30日からカンプト注単独療法に移行する事になった。
2.CPT-11(一般名:塩酸イリノテカン、商品名:カンプト注)初回投与
CPT-11の活性代謝物であるSN38の主な代謝酵素であるUDP-グルクロン酸転移酵素の二つの遺伝子多型(UGTLA1※6、UGTLA1※28)について、いずれかをホモ接合体(UGTLA1※6/※6、 UGTLA※28/※28)又はいずれもヘテロ接合体(UGTLA1※6/※28)として持つ患者ではUGT1A1のグルクロン酸抱合能が低下し、SN38の代謝が遅延する事により、重篤な副作用(特に好中球減少)発現の可能性が高くなることが報告されているためCPT-11の投与の当たっては血液検査で確認しておく必要がある。幸い、私の遺伝子検査では投与に支障が無いと確認され、1投目を開始する事が出来た。
1)CPT-11 1投目
2015年3月30日の血液検査で白血球、赤血球、ヘモグロビン、好中球は回復していたが、腎機能の指標である尿素窒素32(参考値8-22)、クレアチニン1.19(参考値0.60-1.10)となり、経口からの水分摂取不足が指摘された。
外来治療センターでアロキシ点滴靜注バッグ0.75㎎50ml、デカドロン注射液6.6㎎2ml2瓶を30分点滴静注後、生理食塩水550ml中のCPT-11(イリノテカン塩酸塩)160㎎を90分点滴静注した。この治療はCPT-11を160㎎点滴靜注し2週間休薬し、これを1クールとして続けていくものである。1投目であるのでDLF(投与規制因子)のことや他の自・他覚症状は2週間を経過しないと不明な点はある。点滴靜注前に発汗、鼻水、倦怠感、熱感があるかもしれないと言う事であったが、幸いに当日、翌日も発現は無かった。
単純CT撮影はカンプトの今後の効果を判定する指標にするために撮像した。造影剤でより明確な画像を見るために造影剤イオパミロン注370シリンジ靜注、腎機能の低下を考慮し、消化器内科外来の処置室で500mlの整理食塩水を2時間かけてハイドレーションした。
自宅での副作用対策としては炎症やアレルギー反応を抑える吐き気止めとしてデカドロン錠0.5㎎を1日16錠、2日間、朝食後服用、胸やけ、吐き気、食欲不振、下痢等消化管の不快な症状を改善するためにツムラ半夏瀉心湯エキス顆粒を食事前に服用、下痢時にはロペラミド塩酸塩カプセルを服用、腹痛やお腹の張りを和らげ、また、体を温めて胃腸の調子を良くする為にツムラ大建中湯顆粒を食事前に服用することになった。お腹の痛みにはフェントステープ2㎎を貼付し、痛みが強い場合はレスキュー剤としてオキノーム5㎎を内服している。その他、吐き気予防にプリンペラン錠、胃腸の働きを正常にして、胸やけ、悪心嘔吐等の症状を改善するモサプリドクエン酸錠、整腸剤としてビオフェルミン配合散、末梢神経障害に基くしびれ感や神経痛、難聴、耳鳴りなどを改善にはメチコバールを服用している。現在は抗生物質ミノマイシンの服用が辛くて、日常的にはミノマイシン、プリンペラン、半夏瀉心湯を優先服用し、他の薬剤は服用をペンディングしている。
2)CPT-112投目
2015年4月20日、腎機能の指標である尿素窒素33(参考値8-22)、クレアチニン1.65(参考値0.60-1.10)と前回より改善された訳ではないが、CPT-11投与にあたっては支障ないと判断して常法通り点滴静注出来た。但し、腫瘍マーカーは(275.3U/ml)悪化しており、次回にCPT-11の効果で改善する事を期待したい。しかし、2投目以降は背部痛、腹痛、吐き気、嘔吐が生じ、特に痛みに関しては、これまでに経験した事の無い激痛に見舞われ、38℃を越える発熱もあった。家庭医の戸井医師に北大のPET/CT撮像を観てもらったところ水腎症の疑いもあるので、熱も痛みも改善されない様であれば、尿管からステントを入れて対応するという提案があり、戸井、北大の小松医師間で今後の治療について話し合ってもらった。GWも始まり北大ではステント留置手術は検査値が北大基準に満たない場合は外科が対応してくれないと言う事で、GW明けまで様子を見る事にした。その間は戸井医師の指示に従い、抗生物質の点滴、解熱鎮痛剤や麻薬を増量して対応していく事になった。
2)CPT-11と癌患者の私との運命的な出会いまで
CPT-11の母化合物であるカンプトテシンは1966年に米国のWallらによって、中国原産の喜樹より抽出・単離され、高い抗腫瘍活性と広い抗腫瘍スペクトラムが見出されていたが、米国NCIにおける医薬品化は骨髄機能抑制と出血性膀胱炎の副作用で日の目を見るに至らなかった。日本国内でも大手製薬企業で開発がすすめられたが同様の理由でドロップアウトしていた。1983年、私が39歳の時にヤクルト中央研究所で運よくカンプトテシンの活性を保持し、かつ、毒性を軽減した水溶性誘導体CPT-11(塩酸イリノテカン)の合成に成功した。その後、第一製薬と提携し臨床試験を開始し、平成6年1月19日に胃癌、肺癌など9癌腫が承認された。それから21年目のCPT-11との運命的な再会と言える。
3.発癌と闘病生活の2年間
2011年7月、胃全摘し、約1年間S-1での再発予防服用の2年間は、私にとっては癌患者として初体験であり、まさに闘病生活であった。つまり癌と闘うと言う事であったろうか。しかし、2013年6月に再発胃癌と告知されてからは、癌との闘いから、「癌と如何に折り合いをつけていくか」つまり「癌との共生」が治療の主目的となった。癌化学療法剤による緩和治療の開始である。私自身の癌治療はKKR札幌医療センターでの第一期、北海道大学病院での第二期に分けられる。第一期は発癌から胃全摘―再発予防であり、外科的には完全治癒切除となり、癌サバイバーの可能性はあったが、現実は手術段階で既に全身に転移していた事になる。
その為、第二期は2013年8月、末期癌として北大に転院し、SP療法、PTX療法、CPT-11療法による延命治療を現在も継続している。治療も発癌より4年に亘るとこれまでの治療経過も曖昧な記憶で書いたり話したりするようであるので、さらに老水庵の治療記録を読み返してみると、私自身の誤解、知識不足もあり、記憶の鮮明なうちに客観的に少しでも読まれる人の役に立つ様に纏め直すことにした。
先ず、第1報としてKKR札幌医療センターでのスキルス胃癌の治療(胆嚢・胃全摘、S-1による再発予防)について報告する。
第2報の北海道大学病院での治療成績については、SP療法、PTX療法、CPT-11療法による治療成績を32稿より「1症例報告」として2回に分けて報告していきたい。
4.第1報 症例報告
KKR札幌医療センター外科での症例報告
スキルス胃癌の診断と治療
手術及び術後補助化学療法
KKR札幌医療センター外科 石川隆壽、坂本譲、赤坂嘉宣
スキルス胃癌の1症例報告(患者による症例報告)
はじめに
胃癌は日本人に多く見られる癌で全体の5分の1は胃癌である。診断・治療法の発達は目覚ましく早期胃癌であれば治癒率は90%を超えている。しかし本患者のスキルス胃癌の様に発見されにくく、進行が早い為、治癒が極めて難しいものもある。胃癌は胃壁の粘膜の細胞が癌化する上皮癌と粘膜の下のリンパ球や筋肉や神経などが癌化する非上皮癌の二つに分けられる。胃癌の大部分は上皮癌なので胃癌といえば通常は上皮癌の事をいう。粘膜に発生した癌は5枚の膜を重ねた層の様な構造の胃の壁の外側に向かって浸み込む様に浸潤していく。スキルス胃癌は、この細胞の成長の仕方から胃粘膜から隆起する事無く胃の壁に深く浸潤する為、未分化型に分けられる。未分化癌が周囲の組織に浸潤していく時に、線維組成が増殖し胃壁が硬く厚くなる傾向がある。この様な形で急激に進行する癌をスキルス胃癌(硬癌)と呼ぶ。スキルス胃癌は未分化癌の代表的な病態の為、悪性度の大きい癌である。又、癌細胞が胃の壁を突き抜け、お腹の中にこぼれ落ち腹膜全体に広がる傾向がある腹膜播種と呼ばれる転移がおきる率が高いのが特徴である。分化癌に比べて成長度は10倍前後速くなることがあり、周囲の組織に浸潤し易い性質を持っている。スキルス胃癌は胃癌の中でも未だ有効な治療法は確立されておらず、かつ、スキルス胃癌だけを目的とした臨床試験は甚だ少なく、標準治療は確立されていない状況である。当院では、患者の胃癌が胃のどの範囲に広がっているか、どれくらいの深さまで浸潤しているか、肝臓、脾臓やリンパ節等の他の臓器や部位に転移していないかの確認の為に紹介先クリニックの検査と重複するものもあるが、院内基準に則り2011年6月21日より、血液検査、内視鏡検査、MRI検査、潜血便検査を行った。
Ⅰ.スキルス胃癌の治療
1. 症例
患者氏名: 鵜 ○ 一○ 年齢:68歳 性別:男性 職業:無職
主訴:胃上部痛
既往歴:特記事項無し
現病歴:2011年6月検診の上部消化管内視鏡検査を施行。スキルス胃癌と診断され、
当科に紹介受診となる。
手術担当医師:石川隆壽(外科)、坂本 譲(外科)
疾患名:スキルス胃癌、胃癌術後局所再発、術後イレウス
手 術:胆嚢・胃全摘、R-Y再建、開腹癒着剥離、人工肛門増設(横行結腸ストーマ)
病 期:Ⅱb(胃全摘時)
2.治 療:・2011年7月5日胆嚢・胃癌の全摘手術を実施
・2011年7月29日~2012年6月8日、再発予防の為S-1120㎎内服
・2013年7月25日開腹癒着解離術、人工肛門増設術(横行結腸ストーマ)
・2013年8月12日Vポート挿入、S-1+CDDPの服用
3.治療及び処方内容
外科石川医師の執刀で胆嚢・胃全摘術(2011.7.5.)し、再発予防の為にS-1にて8クール内服(2011.7.29.~2012.6.8.)。 1クールは、120㎎/day朝食後・夕食後各3カプセル(1カプセル20㎎×3カプセル)を28日間連続服用後2週間休薬した。
1) スキルス胃癌の手術(胆嚢・胃全摘、R-Y法での再建)
癌 腫:スキルス胃癌
手術日:2011年7月5日
執刀医:石川隆壽
(1)診断名及び手術
術前検査を基に石川医師とのICで病名はスキルス胃癌と伝えられた。病状及び処置内容については、腫瘍は胃粘膜の下層で浸潤している可能性があり癌が出ているのは胃粘膜表面の一部である。その為、胃、更に脾臓、胆嚢の全摘が必要かと思われる。このタイプのスキルス胃癌は、腹膜転移し易いと思われる。即ち手術時に明らかに転移を認めた場合、姑息的手術で終わる事もある。合併症としては出血、感染症、膵液漏、縫合不全が考えられる。無事、胃癌の摘出が出来れば消化器再建は、ルーワイ(R-Y)法で行う。
(2)スキルス胃癌の手術(2011年7月5日石川医師執刀)
スキルス胃癌は、癌細胞と癌細胞が集まって隆起を作らず、胃壁の中に広がる特徴を持っており、その為に見付けにくく、発見された時は進行癌と言う事が多い癌である。癌の発生年月日は不明であるが、手術は当院の処置手順に従って実施した。開腹した際に粘膜の下層で癌が浸潤しており、漿膜側の一部に癌を確認出来た。術前に懸念していた転移は目視的には認められず胃全摘切除に踏み切り、切除に約8時間を要した。胃癌は腹膜転移し易く、胃全摘が必須であった。手術は、術後の鎮痛を考え、硬膜外麻酔で行い、麻酔が効いた後、皮膚切開・開腹した。腹水や腹腔内の洗浄液を採取し、病理検査に回し、目に見える転移巣以外にも癌細胞が浮遊していないかを顕微鏡で検査し、幸いに腹水細胞診は陰性であった。更に腹腔内臓器、腹壁、大網、腸間膜にも転移巣は確認出来なかった。胃癌の原発巣を検索し胃全摘・胆嚢摘出を出血も少なく予定通り実施する事が出来た。リンパ行性転移を確認する為、周囲のリンパ節を摘出し、病理検査を行い、転移は陰性であった。更に胃全摘の為、口側と肛門側の断端部の切断と縫合を行い、摘出した胃を開き、原発巣から切断断端まで十分な距離があるかどうか確認し、胃組織を顕微鏡で断端に腫瘍細胞の浸潤が無いか検査し、転移は無い事を確認した。周辺臓器の胆嚢を切除した。消化器官の再建はルーワイ(R-Y)法で行った。その処置は、先ず食道と十二指腸を切除し、十二指腸断端を閉鎖し、小腸を引き上げ食道と繋ぎ縫合する。この術式はやや複雑で、食物は非生理的で十二指腸を通過せず、消化管ホルモンの分泌が低下し易いと言われている。腹腔内を洗浄し、止血を確認して排液用のドレナージチューブを留置し、閉腹した。縫合部からの食物の漏出が起き易いので術後数日は絶食とし、その間は抹消静脈から点滴で栄養補給する。術後はX線写真を撮像し、縫合部よりの漏れを確認する為にオレンジジュースを飲ませ、漏れの有無を確認する。漏れが無くなれば全粥経口摂取を始める。摘出した胃癌はピンポン玉より大きい硬化癌で、控室で待機していた患者家族にも見せられた。最終診断は外科の石川医師が組織診・細胞診を総合的に判断してPor2>sig gastric carcinoma TNM分類:T(2b)N(0)M(0) CY(0)、stageⅡbとした。経過は良好で7月20日の退院となった。
(3)「診断の根拠」
①胃癌術後に局所再発や悪性所見の有無を調べた。(診断医;鈴木 昭ら、 報告日;2013年7月29日)
腹腔洗浄液の診断で、核は小型だが、核クロマチン増量、核小体腫大、核偏在傾向を有する異型細胞が散在して見られる。細胞質はPAS染色陽性を示し、細胞量は少ないが腺癌の細胞像である。
②小腸間膜結節、腹膜結節として切除された組織の診断。(診断医;藤澤孝志ら、報告日;2013年7月31日)
組織学的にはいずれにおいてもクロマチンが増加した不整な核で、N/C比が増大した異型細胞や印環細胞が弧細胞性、策状、あるいは小胞巣状に線維化を見る背景に出現している。印環細胞癌、低分化型腺癌の所見であり既往の胃癌の再発像と矛盾しない。
③病理組織診断報告(診断医;鈴木 昭ら、報告日;2013年8月8日)
切除された胃、所属リンパ節、胆嚢にて組織診断した。
胃壁は肥厚して凹凸の大きな襞が多数見られた。組織学的には核小体が明瞭で核型不整な異型上皮細胞が線維化を伴って弧細胞性~小胞巣状に増殖している。非充実性低分化腺癌の成分が主体で一部に印環細胞を認められる。腫瘍は一部で漿膜面に露出している。間質量は硬性型で浸潤様式はINFcである。明らかなリンパ管侵襲は認められず、中等度の静脈侵襲を認める。提出されたリンパ節に転移病変を認めず、口側断端、肛門側断端、術中腹腔細胞診陰性であり、腫瘍の遺残は無い。遠隔転移の無い場合、stageⅡbである。提出された胆嚢に悪性を示唆する所見は認められない。HER2のIHC結果はHER2スコア判定0である。
2)S-1単独療法
S-1は病期Ⅱ、Ⅲの胃癌手術後に再発予防を目的に使われる薬剤で、身長・体重を基に1回当たりの服薬量を決めた。S-1による治療目的は、癌治癒、癌縮小、癌の転移・再発防止、癌増殖遅延、癌による疼痛等の症状を和らげる事である。
石川医師は、ICで、スキルス胃癌の術後補助化学療法においてS-1を1年間服用した患者の方が服用しなかった患者よりも生存期間は延長したというデータを基に説明をし、その結果、約1年間8クールS-1を服薬する事になった。
(1)服薬期間
2011年7月29日~2012年6月29日
(2)投与スケジュール・投与量
4週間、朝・夕の食後に各3カプセル(1カプセル20㎎×3×2回:120㎎/day)を28日間連続服用し、14日間休薬し、これを1クールとして8クール服薬する。
3)有害事象
(1)他覚症状
一般的には、服薬2週後に骨髄機能の抑制に関わりのある白血球減少が現れた。3週後には貧血(ヘモグロビン減少)が現れた。4週後には、ビリルビン上昇が見られた。特に白血球/好中球、赤血球、ヘモグロビンの骨髄抑制(血液毒性)はS-1の継続服用に影響を与える事が考えられる。外来での血液検査(2011年8月12日、9月2日、10月14日、12月2日、2012年1月13日、2月17日、3月16日6月29日)は、血液毒性に関わる項目は正常値以下であり、許容範囲内と考えた。2011年12月2日の生化学検査では、ビリルビンは院内参考値より高値、コリンエステラーゼ、総蛋白、アルブミンは低値を示したが、許容範囲と考えた。血液検査の白血球、赤血球、ヘモグロビン、血小板、好中球値は院内参考値より低いが、許容範囲内であると判断した。CT検査では転移は認められなかった。2012年2月17日の血液検査では生化学検査によるビリルビン値は1.3mg/㎗と参考値より高く、コリンエステラーゼ値は158IU/ℓと参考値より低かった。総蛋白値は6.3g/㎗と参考値より低く、アルブミンも3.9g/㎗と参考値より低かった。血液検査では白血球、赤血球、ヘモグロビン、ヘマトクリット、好中球は参考値より低かった。とは言え白血球値は低いので免疫機能が低下し赤血球の値も低下しているので身体は酸欠状態で貧血を起こしている事が考えられる。特にヘモグロビンがかなり低値を示しているので輸血も考えなければならない様である。ヘマトクリット、血小板も減少しているので貧血症が考えられ、出血し易く血も止まりにくくなると考えられる。又、検査値が高いMCVは、赤血球が低値であるので大球貧血が考えられる。MCHは、赤血球に含まれるヘモグロビン量を示すが、赤血球は低値ではあるが、検査値は正常でなく高いので低色素性貧血は考えないでいい様である。2012年2月14日の早朝4時、7時の吐血は口内炎に血が貯留していたもので一過性の出血と考えたが、血小板が前回より低くなっている事で輸血の検討及びS-1の投与スケジュール変更を余儀なくされた。3月16日の血液検査でヘモグロビン8.1/㎗は前回より高値を示し、輸血の心配は解消した。
① 白血球減少
低値になると抵抗力が弱まり、風邪や肺炎等の感染症に罹り易く、時に全身の感染症を引き起こすことがある。感染の予防は口や皮膚、尿路、肛門からの感染が考えられ、外出には人込みを避け、食事前・トイレの前後は手洗いに努め、帰宅後は嗽をし、口中を清潔に保ち、入浴・シャワーにて身体を清潔に保つ事を心がけた。
② 赤血球減少
貧血は赤血球中のヘモグロビンの量が少なくなることがあり、酸素が全身に十分行きわたりにくくなり、貧血症状が現れる事がある。貧血になると手足が冷たくなり、顔色も青くなり、眩暈・立ち眩み・疲労・倦怠感・動悸・息切れが発現した。特に貧血に対しては起き上がる時、立ち上がる時は、ゆっくり動き始め、動悸・息切れが無い様にゆっくり歩く事を心がけた。
③ 血小板減少
骨髄機能が障害されると、血小板が少なくなり、出血し易くなり出血が止まりにくくなるので、内出血や歯磨き時の出血、鼻血に留意した。
④ その他
気を付けなければならない有害事象は空咳で痰が出ない、息が苦しく息切れもあり、発熱があれば間質性肺炎が疑われるので、日頃より医師に連絡する事を躊躇わない様に心がけた。
(2)自覚症状
外来受診時に担当医に詳しく報告した。
① S-1の1クール目~3クール目
眩暈、立ち眩み、倦怠感、歩行時のふらつき、吐き気、食欲不振、下痢、腹痛、尿量減少、血痰があり、2回の下痢、嘔吐により3カプセル吐き出したが、その他は軽微の様であった。
② S-1の4クール目
両手・両足の痒みが発現した。
③ S-1の5クール目~8クール目
軽度な舌のもつれ、息切れ、口内炎からの出血、血便があったが、出血は過去に痔の手術歴があり、排便時の息みにより出血したとも考えられ、口内炎からの出血は抗癌剤によって粘膜に障害が起こったか、食事によって傷ついた事による一過性の出血の様にも思われた。
4)検査
クール終了毎に外来で採血し、血液検査値を参考にして次の治療法を検討する。血液毒性に関わる項目は常に正常値以下であったが、許容範囲内であった。転移は認められなかった(2012.12.2.)。
5)S-1の評価
胃癌摘出は、外科的には完全治癒切除であったので胃癌の再発の確立は低くなると予想した。2013年6月29日にCT検査、7月4日に内視鏡検査し、7月13日に転移の確認をし、術後1年目の転移は認められなかった。
4.延命効果
8クールを終え、2012年6月29日の休薬終了日にCT検査。7月4日断端部の転移・狭窄を確認する為、内視鏡検査。7月13日の総合診断で転移は認められず、以後は3ヶ月おきに外来で血液検査、CT(6か月後)検査、6カ月毎の外来での経過観察となった。以後は3年間外来に通う事になる。この段階でS-1を服用した事で1年間再発を抑え込んだと言う事になった。以後は2013年6月22日に腸閉塞が確認されるまで、胃全摘後約2年間延命した事になった。
Ⅱ.再発胃癌
1.腸閉塞の安静治療から手術へ
2013年6月11日、スパゲッティを食べ、喉に詰まり、苦しくて嘔吐した。その後は少しの食事で腹部膨満が生じ、耐え難い腹痛に見舞われた。排便で頻繁にトイレに行き、息んで何とか排泄するも、水様便が続き、食べると腹痛を繰り返し、6月22日KKR札幌医療センターでのレントゲン検診で腸閉塞が確認され、Follow upによるCT撮像でも腸閉塞所見があり、緊急入院となる(2013年6月26日)。絶食・絶水し、輸液を施行しながら経過観察したが、改善に至らなかった。その後、横行結腸に狭窄(2013年7月16日)が認められ、外科の坂本医師の執刀で開腹癒着解離術、人工肛門増設術(2013年7月25日)を行われ、先ず、食事が出来る様に右腹部に横行結腸に大腸ストーマを作った(2013年7月25日)。更に術後化学療法を円滑に行う為、右鎖骨下にVポートの挿入手術を行った(2013年8月12日)。手術前、大腸の横行結腸に狭窄が見られ、狭くてポリファイバーが通過せず、腸管は腹膜に強固に癒着しているという診断で、1ケ月間輸液、チューブ栄養で腸管を安静に保ち、ある時期に経口的に食事に移行する事を2回試みた(2013年6月26日~7月24日)が改善せず大腸手術は避けられない事になった。2013年8月13日に退院した。
2.腸閉塞所見
6月26日のフォローアップCTで腸閉塞が確認され、7月25日坂本医師の執刀で手術施行、同日、坂本医師より胃癌の局所再発や転移が疑われるとし、細胞学的判定の為に小腸間膜結節、腹膜結節として切除された組織および術後の腹腔洗浄液が検体として提出された。組織学的にはいずれにおいてもクロマチンが増加した不整な核で、N/C比が増大した異型細胞や印鑑細胞が個細胞性、策状、あるいは小胞巣状に線維化を見る背景に出現している。細胞質はPAS染色陽性を示し、細胞量は少ないが、腺癌を考えられる細胞像と推定された。印環細胞癌、低分化型腺癌の所見であり既往の胃癌の再発像として矛盾しないという診断であった。
3.SP療法
再発胃癌の癌化学療法は、既に外科対応できず、標準療法であるSP療法で行う事になった。経口抗癌剤S-1とCDDPの2種類を組み合わせて癌細胞の増殖を抑制する併用療法である。この療法は再発した再発胃癌に対して日本国内では広く使用されている。S-1とCDDPがお互いに効果を高めあって癌細胞の増殖を抑えたり、死滅させたりする。
1)治療スケジュール
通常5週間を一区切り(1クール)とする。S-1を朝・夕食後各3カプセル60㎎(120㎎/day)を21日間連続服用し、14日間休薬する。この治療は抗癌剤2剤の併用であるので、S-1服用8日目にCDDP120㎎を2時間かけて点滴静注する。
2)SP療法開始
朝食後・夕食後、S-1各3カプセル(20㎎×3カプセル)服用(2013年8月30日)。
3)副作用の発現
2013年8月30日よりSP療法(S-1+CDDP)を開始したが、S-1(120㎎)を内服した1週間後の9月6日に好中球の低下を認め、CDDP点滴静注はペンディングとなり、S-1の服用も中止した。9月13日の血液検査では、白血球2.3(×1000/μℓ)、赤血球336(10000/μℓ)、ヘモグロビン10.0g/㎗、ヘマトクリット29.1(%)、好中球28.9(%)であった。10月4日まで数値の回復を待つことになった。しかし、坂本医師よりCDDPを続ける事は厳しい事が説明され、S-1を減量(120㎎→80㎎)する事が検討された。
4.結語
切除胃は非充実性低分化腺癌の成分が主体で一部に印環細胞が認められた病期Ⅱbであった。再発胃癌は、胃以外の腹膜(横行結腸)に転移が認められ手術等の局所治療は困難となり、抗癌剤による治療が唯一の治療法となった。再発胃癌は完全に治癒する事はまれで、基本的には癌の進行を抑えてなるべく長く快適な暮らしを送る事を目標としての延命治療を行った。胃癌の場合は、術後の病理診断で病期Ⅱ以上の患者に再発の危険性が高いとされている。術後補助化学療法として現在最も長い生存期間を記録しているSP療法で一次治療を始めたが、CDDPの副作用により断念せざるを得なかった。しかし、胃全摘後、S-1による延命効果により2年間延命した事実はある。ここまで延命出来た事は、病期がⅢやⅣでなく、Ⅱbであった事が幸いしたのかもしれない。しかし、残念ながら、2年後に再発胃癌となった。SP療法1クール目でCDDPを続ける事は厳しいと判断し、現在S-1を減量(120㎎→80㎎)し、クレスチン投与を行う緩和的治療を提案されたが、私は同意出来ずに北大病院に転院する事になった。