25稿 「癌と共に~癌治療の多面的なアプローチ~」

 2014117

「目 次」

1.パクリタキセル3コース23投目を終えて

2.免疫細胞と分子標的薬について

3iPS細胞(人工多能性幹細胞)について

4.新しい「がん対策推進基本計画」

5.癌は本物の癌と癌もどきがある。

 

1.パクリタキセル3コース23投目を終えて

1)パクリタキセル3コース2投目

 925日、いつもの様に輸液をリュックに収納して自宅を8時前に出た。北大には910分に着き、身障者専用の駐車場に愛車アクアを止めた。勿論、運転は家内である。病院入り口で診察カードを機械受付し、2階の採血室に行き、更に受付機に診察カードを通して番号札(紙)を取る。10分程待つと名前を呼ばれ、採血の上手な検査技師なら良いなと思いつつ、予定通り930分には終了した。同階の消化器内科外来のクラークに10時半の診察予約である事を告げて、院内のATM2件振込み、更に10月分の生活費を引き出し、いつもの様にレストランロイヤルで朝食(関西風うどん)をとった。10分前に消化器内科外来に行き、30分後に代診の中積医師の診断を受けた。血液検査ではヘモグロビンが先週より0.6下がっていたが、パクリタキセル点滴投与条件の白血球数/好中球数は6,3002678(先週5,5001,821)と、より改善しており、何ら問題なく、実にスムーズに診断は終わった。但し、先週18日に主治医の小松医師は「今の良い状態を持続する為に、鵜木さんは嫌でしょうが、より免疫力を高めるクレスチンを服用してみませんか?」と言った。私は、40年前に癌治療は先ず手術、二番目に放射線、三番目に化学療法そして4番目に免疫療法と理解していた。その頃、丸山ワクチンを認可しない事で社会問題にまでなり、マスコミでも話題になっていた。ところがサルノコシカケから抽出したクレスチン(三共)やシイタケから抽出したレンチナン、放線菌から抽出したベスタチン、溶連菌の死菌体のピシバニール(中外)の免疫療法剤は抗悪性腫瘍薬として承認された。特にクレスチンは年間1,000億円弱の売り上げがあり、これも話題になり、いずれも全く効かないといううわさが医師の間に広がり再評価でその事が証明され、今では細々と化学療法と併用して使われ、生存期間の延長、奏効期間の延長を効能効果と限定し使われている。

クレスチンの効能効果を三共・第一の添付文書より引用して紹介する。(私に使える適応は下線部)「胃癌(手術例)患者及び結腸・直腸癌(治癒切除例)患者における化学療法との併用による生存期間の延長。小細胞肺がんに対する化学療法等との併用による奏効期間の延長。本来、抗癌剤は腫瘍縮小効果が無ければ厚労省は認可しないはずであるが、クレスチン等の様に殆ど副作用のない免疫賦活剤として一括して何らかの意図をもって認可した様である。小松医師も全く効かないと知って、なお、UFTとの併用で腫瘍増大抑制効果は確実にあったのだから、その抑制されている期間だけは確実に延命出来ていると考えてパクリタキセルと併用し、癌の増殖抑制の為に服用を薦めたものと考えている。深読みすると私の末期癌はそろそろエンドステージで藁にもすがるという状況なのか、それとも小松医師が期待している分子標的薬ラムシルマブまで何とか引っ張っていきたいと思う主治医としての気持ちなのだろうか。勿論、クレスチンの併用処方について質問しても代診の中積医師には小松医師の内心は分からないであろうから添付文書に書いてある事しか言って貰えなかっただろう。1110分には診断を終えて、1階の外来治療センターに出向いた。入り口で体温、血圧を備付の機械で測定し、手をアルコールで入念に揉み洗いした後、個室に案内された。11:45よりパクリタキセルの副作用防止薬として、アレルギー予防・吐き気止めにデカドロン13.2㎎+ファモチジン20㎎+クロールトルメリン10㎎+グラニセトロンバック3㎎を30分点滴靜注し、引き続き12:15より13:15までパクリタキセル100㎎を点滴靜注した。クレスチンとメチコバールは私の治療中に家内に院外薬局で取って来てもらっていたので、あとは病院の支払いを済ませて今日は早く帰れる。途中コーチャンフォー(書店)で孫に送る本を買った。それでも7時間の外出になった。

2)パクリタキセル3コース3投目

 102日、居間から見える崖下の森の木々の葉は少しずつ紅葉が始まり、朝方は10℃以下になり、室内は暖房が欠かせなくなってきた。愛犬のロンは嬉しそうだ。

いつもの様にBSNHKの朝ドラを見て845分に家を出た。勿論家内の運転である。天気は良く道路も空いていて予定より早く9時には北大病院に到着した。手続きを済ませ、採血も910分には終え、ロイヤルでサンドイッチを家内と半分ずつ食べ、コヒーで1時間潰した。消化器内科外来受診は1040分に、今回も代診の中積医師で、血液検査結果を基に白血球数4300、好中球1312とパクリタキセルの3投目点滴静注に支障なく実施できる事になった。中積医師は、特にアルブミン値(1週前3.4、今回3.7)の改善、栄養状態が良いという事に注目し、パクリタキセルの効果に驚いている様に感じられた。私が疑問を懐いていた単球数の減少についての見解は、免疫力の低下というより、造血の状態を見ていると言った。自分自身の全身状態から納得できる説明であった。外来治療センターに行く様に指示され、手順通りに受付を済ませ1115分より、いつもの様にアレルギー対策の為の前処置をし、1145分よりパクリタキセル100㎎を点滴静注し、1245分に終了し、病院への支払いを済ませ、自宅近くでアクアにガソリンを入れ、15時に帰宅した。すごく疲れが出てお茶を1杯飲むか飲まないうちに寝入ってしまった。18時過ぎに目が覚め、アジア大会、ソフトバンクVSオリックス戦をみた。

 

2.免疫細胞と分子標的薬について

1)免疫について

 クレスチンの処方に敏感になり過ぎたので、免疫について冷静に考えてみた。40年前の免疫に関する私の知識では、免疫細胞は、健康被害をもたらす病原体、細菌類やカビ等の異物、癌細胞を攻撃する役割を担っているものであった。T-細胞、B-細胞、NK-細胞、NKT-細胞、ヘルパーT-細胞、マクロファージの知識(記憶)があり、T-細胞から指令が出て各担当の免疫細胞が異物を排除する役割を担っていると理解していた。特にマクロファージの貪食細胞の記憶は鮮明である。免疫監視機構に守られて、人間は、若いうちは、ちょっとやそっとでは病気にはならないものと理解していた。

血液は血球(赤血球、白血球、血小板)と血漿からなり、白血球が免疫細胞の主役である。白血球はリンパ球系、単球系、顆粒球系で構成され、それぞれに異なる役割を担って免疫の調整を行っている。白血球に属する主な細胞の働きとして、樹状細胞は司令官の様な役割を果たし、異物を食べ、リンパ球に異物の特徴を教えて攻撃の指令を出す。すると今度は異物を識別出来る様になったリンパ球が攻撃を開始するとされていた。長い間、たばこや化学物質等が発癌物質となって体内で増殖し、免疫監視機構が作動すると思っていた。昔は癌一代と言われていたが、実は、人間は癌細胞を身の内に内在していることが判明し、免疫力旺盛な時期には身の内でおとなしくしているが、加齢に伴う免疫力の低下やストレスや内在するピロリ菌、化学物質等が引き金となって身の内の癌細胞の活動を活発化していく。癌細胞の増殖に際し、免疫監視機構は身の内の癌を異物と認識出来ずに、その結果、免疫監視機構は機能せずに癌は進行すると考えられていた。

ところが、自分が癌患者になって、主治医のクレスチンの処方を切っ掛けとして、もう一度免疫の仕組みを調べてみると随分間違った理解、いや、知識が古い、なにしろ40年前の免疫の考え方であり、40年も経つと更に解明され、進歩している事は当然である。

結論に導く前に、免疫細胞の役割について纏めてみる。リンパ球系免疫細胞の役割について、T細胞は、異常細胞を見付けて攻撃できる能力を持ち、攻撃担当のキラーT細胞やB細胞に抗体を作る様に命令を出したり、キラーT細胞の活性化を促したりする。NK細胞は、異常細胞を認識して傷害する。NKT細胞は、T細胞、NK細胞両方の性質を持つ。B細胞は、病原体の働きを止めたり、他の免疫細胞が病原体を攻撃する際の目印となる抗体を産生する。異物に対する抗体を作って異物を包み込み好中球が取り込みやすい形にする。

骨髄系幹細胞 単球系免疫細胞の役割について、樹状細胞は、異物を認識してT細胞に伝える。マクロファージは、異物を取り込んで分解処理する。単球は骨髄で作られ、血液中の単球が血管外に出て各臓器の組織に入り成熟すると樹状細胞やマクロファージになる。樹状細胞は皮膚、鼻腔、肺、胃、腸管に存在し、周囲に突起を伸ばして異物を監視している。どんな働きかというと、取り込んだ異物(抗原)を脾臓などのリンパ器官移動し、T細胞やB細胞を活性化する。T細胞はリンパ球の一種でキラーT細胞とヘルパーが存在する。

骨髄系幹細胞 顆粒球系免疫細胞の役割について、好中球は、抗体が包み込んだ細菌類やカビを細胞内に取り込んで殺菌、除去する。好塩基球は、血管を拡張して浸透性を高めて、むくみを起こしたり粘液分泌を増やして外敵を防ぐ役割で、アレルギー反応に関与している。好酸球は免疫に関与し、寄生虫からの感染などを防御する。ヒスタミンなどの作用で増え、粘膜を刺激して反応を起こす。アレルギー反応を更に強くする働きもある。

結論からいうと自己の癌は、免疫監視機構側から見ると身の内であるので異物と認識出来ないものと理解していたが、実際はそうではなくて、癌自身が免疫監視機構からの攻撃を避ける為の防御方法を有している事が分かってきたのである。それは癌細胞自身が免疫監視機構から我が身を守る為の癌免疫逃避機構を有していたのである。故に癌細胞に遭っても免疫監視機構のそれぞれの免疫細胞は正常な攻撃が出来なかったのである。成程と思った。癌免疫逃避機構はどのように引き起こされるかというと、先ず、免疫の司令塔である樹状細胞が癌を発見すると攻撃を担当するT細胞に癌の特徴を教えて、攻撃の信号(今、そっちに行くからやっつけろ!)を発する。T細胞はそれを受けて攻撃すべき対象を見分けて攻撃に移る。ところが、癌細胞からT細胞に対して攻撃を抑える信号が送られると、免疫が正常に働かなくなってしまう(やっつけるべき対象と思わずに身内と思ってしまう)というのである。人間の体内にはこの様な癌細胞が免疫力を抑え込む仕組みが複数あるとされている。という事であれば癌の免疫逃避機構を阻止する薬剤が開発されれば、抗癌剤が身の内の癌を逃がさずに捕えて、死滅させる事が出来るのではないかという事で、以下の2)で現在開発中の分子標的薬を紹介する。

2)現在開発中の分子標的薬について

癌の抵抗力を阻止する薬剤としては、抗PD-1抗体「オプジーボ」2014.7.4.メラノーマ治療薬として承認されている。免疫抑制に関わる分子は「PD-1」(programmed cell death-1)「PD-L1」(programmed cell death-1 ligand-1)の他にも存在しており、例えば「PD-1」と同様に、T細胞から発現する「CTLA-4」もその一つ。これに対する「抗CTLA-4抗体」の薬剤はアメリカでは2011年に承認されている。

そこで現在盛んに行われているのが癌の免疫逃避機構を阻止する薬剤の研究開発は、「免疫チェックポイント阻害薬」と呼ばれている。「PD-1/PD-L1経路」に有効とされるのが「抗PD-1抗体」や「抗PD-L1抗体」である。この薬剤が癌患者に投与されると癌は自己防衛力を失い、免疫細胞が正常に機能すると言われている。PD-L1programmed cell death-1 ligand-1)とは、癌細胞から発現している物質である。 PD-1programmed cell death-1)とは、T細胞上にあるPD-L1の受容体である。PD-L1PD-1はぴったり合うカギとカギ穴の様な関係にある。このPD-L1PD-1と結合し、癌細胞からT細胞に信号を送る事により、その働きを抑制し、免疫から逃れていると考えられる。逆に言えばPD-L1PD-1が結合しなければ、癌免疫逃避機構が働かない事になる。従って抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体とは、二つの物質の結合を阻止しPD-1PD-L1経路を機能させない為の薬といえる。

癌細胞が出すPD-L1の発現量には個人差がある。PD-L1の多い人の方が薬の効きは良いとされていたが、少ない人でも薬の効果が高く出る人もいるので確実な選別法ではないかも知れない。癌細胞がT細胞の働きを妨害する経路はPD-1PD-L1経路の他にも複数あると予想されるので、それを明らかにする必要もある。

もう一つ欠かせない取り組みとして、抗PD-1抗体や抗PD-L1抗体の薬剤投与を別の治療法と併用して行う事である。例えば既存の抗癌剤と組み合わせる事で、より高い効果が期待できるかもしれないし、効果的な投与時期も導き出されると思われる。その他、患者の免疫細胞を体外で活性化させてから体に戻す「免疫細胞治療」との組合せでは免疫細胞の攻撃力を強化する治療と、癌による免疫への妨害を阻止する薬剤の併用により大きな相乗効果が得られるという期待も持たれる。免疫細胞治療の一つ「アルファ・ベータT細胞療法」が免疫のバランスを好転させる。

「日本で進行中の薬剤の主な臨床試験」

PD-1抗体lambrolizumab(MK-3475) Merck社 胃癌第Ⅰ相

CTLA-4抗体ipilimumab BMS 切除不能な局所進行性の胃癌 第Ⅱ相

 

3iPS細胞(人工多能性幹細胞)について

体細胞のリプログラミング(初期化)による多能性獲得の発見で201210月山中伸弥氏がノーベル医学・生理学賞を受賞した。2014912日、理化学研究所などのチームは、目の難病患者の皮膚から作製したiPS細胞を網膜の組織に変化させ、患者に移植する手術をした。手術は成功し、患者の容態、経過も順調である事を新聞紙上で知った。これまで病気になると手術や薬で治療したが、患者自身の皮膚の細胞を採取してiPS細胞にして、正常な網膜組織の細胞を作製するといった創薬の概念すら変える全く新しい画期的な治療法である。

臨床の場で安全で有用な薬として実用化されるまでは、まだ数十年を要するのかもしれないが、改めて山中氏の研究がどのようなものか知りたくなったので紹介する。共同受賞したイギリスのジョン・ガードン博士が50年前に完全に分化(成長)した腸からのオタマジャクシが発生するという“巻き戻り現象”(初期化)を証明した。この事をベースにして、山中氏らは簡単な実験手技によりマウスや人間からも皮膚細胞等の体細胞を巻き戻して受精卵に良く似たiPS細胞(人工多能性幹細胞)を作るのに成功した。体のあらゆる細胞に分化するので一般に万能細胞と呼ばれている。米サンフランシスコ大学グラッドストーン研究所で、この大学の薬を使わないで病気を治したいという考え方が山中氏自身の理想に合致し、2006年に山中氏のグループは世界で初めてマウスを使ってiPS細胞の作成に成功した。人間の体は父親と母親からもらった遺伝子が合体した受精卵から始まる。ここに設計図が組み込まれていて、受精卵は細胞分裂を繰り返して脳細胞、心筋細胞など200種類以上の全ての細胞に分化して完全な体になる。1981年に、受精卵を壊してES細胞(胚性幹細胞)が作られた。受精卵と同じように分化を重ねて完全な生物になる。世界でES細胞を基にした再生医療(移植治療)などの研究が行われてきたが、倫理上ES細胞の研究は難しいとされていた。山中氏のチームは2000年頃から皮膚などの体細胞を巻き戻してES細胞に近い細胞を作製する研究を開始・継続して、前述のマウスに続き、2007年には人間でもiPS細胞を作る事に成功した。山中氏らの方法は、例えば心臓病患者から本人の皮膚を少し採り、培養皿に貼り付け、3個の遺伝子を入れ、培養してiPS細胞を作る。このiPS細胞から誘導して作った心筋細胞を大量に作って心臓に移植すると心臓の筋肉も機能も回復する可能性があるとしている。iPS細胞とES細胞との違いは、細胞は分裂を繰り返しながら皮膚などへと一方通行的に分化していくと長年考えられてきた。ところがガードンらの研究により、皮膚などに分化した体細胞が元の受精卵のような細胞に巻き戻って同時に完全な生物に分化する設計図を持っていることが分かった。この考えから1996年に英国で作られたクローン羊ドリーは研究への大きな刺激になった。海外でのES細胞の研究には随分進んでいるので追いつけないと考え、山中氏は、体細胞を巻き戻してES細胞のような細胞を作る事を考えた。研究の最大のポイントは、完成した体細胞をES細胞に近い細胞に巻き戻すにはどんな遺伝子が必要かと考え、2万数千個あるマウスの遺伝子を日本の優れたデータベースを利用しながら24個を選び出し、そこから高橋和利博士(京大)が工夫を重ねて4個の遺伝子に絞り込んだ。iPS細胞による病気の治療への応用は、多くの臨床現場では基礎研究を終え、臨床応用へ向けた研究が本格化している。冒頭で紹介した様に、既に先端医療センターでiPS細胞を使って加齢黄斑変性臨床研究が始まった。加齢により網膜細胞が働かなくなり、しばしば失明に至る病気である。消化器病領域では、特に遺伝性の難治性肝臓病の治療が期待されている。山中氏は消化器癌の多くは発癌・進行期の各段階で的確に手をうつ事が出来ると考えている。またインスリン分泌細胞(膵臓のランゲルハンス島)の修復、移植しか治療法のない心臓病など多くの難病克服の可能性が出てきたと考えている。iPS細胞による治療が実現するには早いもので5年、一般化するまでに数十年かかるとしている。創薬・病因究明は、再生医療以上に期待できるのはこの分野であると考えている。iPS細胞を調べていくと健康な人が発病し、増悪していく経過が連続して細かくわかる。こうした知見は病気の原因究明の夢の様な治療薬を生み出す可能性を与えると思われる。既にiPS細胞による血小板作製の研究や、癌の発生・進展の機序解明の研究も始まっている。やがて癌の遺伝・予防・診断・治療・予後などの対策は大いに改善されると山中氏は断言している。癌患者にとっては待ち遠しい成果であり、数十年先の癌治療は現在とは全く異なった捉えられ方をしているのではないだろうか?「胃癌を告知されちゃった~」「来週のヨーロッパ旅行には予定通り行けるよね」という感じになりそうである。末期癌の私には夢物語であるが・・・。

 

4.新しい「がん対策推進基本計画」

 癌は、1981年以来、わが国の死因のトップで国民2人に1人が癌に罹り、3人に1人が癌で死んでいる。そこで国は、どのような対策を講じているのか紹介する。

2006年に「がん対策基本法」が国会で可決・成立し、20074月に施行された。この法律の基本理念は、癌の克服を目指して、がん対策の総合的かつ計画的な推進を図る事で、これに基く施策としては、癌予防の推進、がん検診の質の向上、癌医療の均てん化(患者の平等な利益という事かな)、専門的な知識及び技能を有する医療従事者の育成、医療機関の整備、癌患者の療養生活の質の向上(病院ではQOLという)、癌医療に関する情報の収集と提供の体制整備(国立がんセンターで実施中)、癌研究の推進等があげられた。

2007年第一期基本計画策定では、その後5年間が経過した2012年度に新たに第二期基本計画が策定され、同年6月に閣議決定された。

1)第一期基本計画

頻度の高い癌を対象にし、“癌の死亡率を20%減少”、“全ての癌患者とその家族の苦痛の軽減並びに療養生活の質の向上”の2つを、10年間の全体目標とし、癌患者を含めた国民が、安心・納得できる癌医療を受けられる様にする事を目指した。この様に第一期では、主として癌対策を医療に求め、その後5年間で、社会全体としての癌対策の課題が新たに認識された。それは、療養中や寛解期の癌患者の就労問題や、癌に対する国民の理解度を高める為の癌教育などで“癌に罹っても安心して暮らせる社会の構築”が3番目の全体目標とされた。

2)第二期基本計画

希少癌にも注目し、小児癌拠点病院の整備や、癌の教育・普及啓発なども個別目標としてあげられている。喫煙率を2022年までに12%へ減少させる目標も設定された。緩和ケアについては、第一期での“治療の初期段からの緩和ケアの実施”が”癌と診断された時から緩和ケアの推進“へと変更されている。これには未だに緩和ケアとターミナルケアが混同して理解されている事を正したいとの思いと、緩和の精神はあらゆる痛みの緩和であり、身体的痛みのみならず、癌と診断される患者の心の痛みも意識して欲しいという意味が込められている。

 

5.癌は本物の癌と癌もどきがある。

 先日のテレビで放映されたものを私なりにリライトして纏めた。本件については第8稿で「近藤 誠医師の言い分と今日の癌の実情」で述べたが、改めてテレビで近藤医師が語った内容を紹介する。

近藤氏は、書籍等で広く癌治療について啓蒙したという事で2012年菊池寛賞を受賞している。近藤氏は1949年開業医の長男として生まれ、慶應義塾大学医学部を首席で卒業し、1973年に24歳で放射線科に入局した。入局の理由は、X線診断、放射線治療、中でも放射線治療は、癌患者の癌細胞を破壊して小さくする。癌治療の中でも将来性があり最先端の技術で命を救う仕事と考えていた。しかし、現実は放射線病棟では癌患者全員が亡くなっていた。初めて立ち会った乳癌の手術、ハルステッド手術(乳癌の術式で乳房を全摘出、転移の恐れがある胸の筋肉まで切除する)は、乳房全摘出は当たり前という時代だったが、この手術は、運動機能は勿論、心理的にも患者への負担も大きいものであった。

脳に真菌症がある。真菌とはいわゆるカビのことで、カビが皮膚、肺や内臓に感染する感染症で放射線を照射しても効果が無い。当時は癌と知った患者は絶望から自殺しかねない時代であった。その為、医師は患者に苦しい嘘をつかなければならなかった。死期の近い患者は個室に移され、癌という病名を知らせてはいけない、知らせる事はタブーであって、癌という病名を知らさずに癌の治療をするのは相当難しい事であった。抗癌剤を投与する時には「これは栄養剤です」と言って点滴する。患者には同情した。果たして告知しない事が良い事なのかと。

近藤氏の転機は1978年、医師になって5年後の30歳の時に米国に留学した時であった。

日本と大きく異なる事として、アメリカの癌患者は表情が明るい。それは、患者の知る権利であり、日本でいう告知された患者の自殺は嘘と思われた。日本の医療現場とは大きく異なる事であった。

告知は裁判で訴えられるからという事もあるが、真実を知らせても自殺は増えなかった。近藤氏は、医学雑誌の過去15年分、数千の癌治療に関する論文を読破し、更に欧米各地の病院で最先端の放射線治療を学んだ。帰国後、数々の革命を起こした。近藤氏は198334歳で放射線科病棟医長に就任し、3つの改革を行った。改革1.としてホジキン病(悪性リンパ腫の一つ)の患者、病棟の全ての患者に「癌告知」を行った。その結果、自殺者は無く、表情も明るくなった。こういう治療をやれば助かる確率は89割ある。それを説明する訳だから患者も積極的になって病棟の中では冗談も飛び交う様になった。メディアにも取り上げられ話題になり、その後告知は、医療界全体に広がる先駆けとなった。患者に威圧感を与えない様に白衣を脱いで、より患者とのコミュニケーションを取りやすくした。

改革2.として抗癌剤への疑問である。ホジキン病が鼠蹊部に再発し、抗癌剤治療で癌が消え退院した。5か月後、抗癌剤の副作用で肺線維症、呼吸困難を訴え緊急入院し、7か月後死去した。癌の再発ではなく抗癌剤の副作用死であった。其の後、臓器転移した患者への抗癌剤治療は止めた。

改革3.については、乳癌温存療法で、1983年実姉の乳癌(右乳房)が告げられ、当時日本の医療界ではハルステッド法での手術での全摘出が常識であったが、米国滞在中乳房温存術、主要部分だけを切除し出来る限り乳房を残す方法である。姉は乳房再建術で手術し現在も元気である。この事はメディアへも情報発信したが、その後手術を受けた患者は5例のみであった。その理由は外科の協力((ハルステッド法から脱皮できなかった)が得られなかったことによる。1987年春、乳房再建術を行う為、近藤医師を頼ってきたが乳癌患者が病院を訪れたが、思いもよらず外科に案内され、しかし、近藤氏が自分を頼ってきたことを知る事になり、運よく温存療法を受けられ、現在も生存中である。1988年、5月文芸春秋に投稿した。地位、出世にこだわると何も言えなくなる。今後も情報を発信していくと近藤氏は言う。1993年入院患者の中沢氏。どんな癌と闘うか分からない状況での治療は難しい。温存手術で生存中。今では乳房温存療法は6割の患者に施行されている。

近藤氏の主張は癌には本物の癌と癌もどきがあり、癌は原則放置した方が良いという。症状が無くQOLが良く、健康でご飯も美味しいという人に人間ドックとか健康診断で癌が見つかった場合、癌は放置した方が良い。しかも癌は遺伝子変異によって異常増殖する細胞集団、つまり悪性腫瘍の事を言う。癌自体に毒性は無く、癌の死亡原因は、腫瘍が重要な臓器へ転移して呼吸や食事、解毒作用などに障害を及ぼす為だが、近藤氏によると本物の癌は進行・転移能力があり、癌もどきは進行・転移能力は無く、治療不要である。良性癌は癌ではなく、癌の中に良いものと悪いものがある。これまで150例の患者を診て来たが殆ど生存中であり、乳癌患者で24年前にマンモグラフィーで発見したが、現在も何も起こらず、何の治療もせず放置している。何年見ても転移は無い。患者の不安感から治療していると考えられる。現在、近藤氏は、慶応大学を定年後渋谷でセカンドオピニオン専門外来を開設している。そこに訪れる3度目のセカンドオピニオン患者の後藤公一氏(65歳)の例を紹介する。去年12月近藤氏はオピニオン外来へ来て、2014年.5.21.貧血になり、大量にタール便(胃酸と血が混じり黒色になった便)を生じた。癌は1年間で1cm程大きくなり出血しステージⅢであった。近藤氏は、胃癌から出血しているはずであるから病院で内視鏡で出血を止めてもらう様に指示した。だが癌の変化はそれだけでなく検査をすると食道癌の方は小さくというより消えてしまった。後藤氏の見た診断書には胃癌としか記載されていなかった。もともと比較的初期の癌だったので、消えてしまう事も不思議ではない。但し、胃癌の方は若干大きくなった。しかしそのままにして近藤氏の指示で病院へ行きクランプして止血し、癌の治療は行わなかった。後藤氏に、癌を放置している間不安は無かったかと聞くと、自覚症状がないから一切なかったと言う。「痛い」とか何とかあれば変わったのかもしれないが、痛くもなんともないので放置した。後藤氏は治癒するとは思っておらず、1年、3年、或いは10年長生きする可能性を考えているだけである。癌もどきは悪さをしないのでそのままずっと持っていても大丈夫、癌は原則、放置した方が良いと近藤氏は言う。本物の増殖する癌はどうするかというと、症状が無ければ放置した方が良いが、症状がある場合は、放置しても手術しても治らないから治療は不要である。

この考えには批判も多く、進行が早い癌、進行が遅い癌、消える癌など様々、本物の癌、癌もどきの二元論で判断出来るものでない。進行癌にも適切な処置を施す事で治癒も出来る。早期発見した進行癌に対して患者が治療を断り放置を選択し手遅れになったケースもある。癌の手術は命を縮め、抗癌剤は9割の癌で延命効果が無い。実際にイタリアで行われた比較子宮頸癌試験の場合、子宮全摘手術、放射線だけの治療の2つのケースで比べると生存率・再発率もほぼ一致し、合併症率、手術をして何か違う病気を貰ってしまうと言う事を考えると全摘した方がリスクは高い。全摘した方が将来長生き出来そうなイメージはあるが、簡単な治療を受けた人の方がトータルで見るとヘルシーだったと言える。手術・抗癌剤・放射線で見ると放射線が妥当と思う。どの癌にもという訳ではなく向いていない癌もある。食道がんに放射線は向いているが、胃癌は放射線をかけると穴が開いてしまう。大出血して、死んでしまうのでやらない。乳癌でがっちりしたしこりのものは放置しても死なない。乳癌は体の外にあって周りに重要な臓器が無いから、癌から毒素が出る訳ではない。けれど大きくなるとQOLが悪いのでそうなる前に処置する。小さなしこりの段階でそこだけ取ってやる、それでいい。誤解の無いように言えば、痛い、苦しい時に役立つ。

抗癌剤が効かないと言うのは、いわゆるかたまりをつくる癌というのがあり、胃癌とか肺癌とか食道癌、乳癌、子宮癌といった固形癌は9割を占めている。こういう癌には抗癌剤を使わない方が良い。それから抗癌剤が効くという癌、血液癌、悪性リンパ腫、は抗癌剤で治る可能性がある。例外的には数は少ないが固形癌でも睾丸腫瘍、子宮絨毛癌、小児癌の3つは抗癌剤で治る可能性がある。医者になって私は、一貫して、いかにしたら癌患者の状態が良くてQOLが高くて、しかも長生きできるかという方法を追求してきた。

日医大 勝俣範之の反論としての意見

全ての抗癌剤は、100%効果がないという訳ではない。効果がある場合もあるし、効果が無い場合もある。単独で完治させてしまう様な薬はまだ少ないのが現状であるが、少しずつではあっても明らかに抗癌剤治療は進歩している。抗癌剤の延命効果は肺癌、胃癌、大腸癌、肝胆膵癌、婦人科癌など、殆どの固形癌で示される様になった。抗癌剤治療は副作用によってQOL(生活の質)を低下させる事は間違いないので、治療によって得られる延命効果と上手く天秤にかけて患者さんと相談する必要がある。「抗癌剤は止めなさい」と声高に、しかも一方的に主張するのは患者さんの希望を無視した押しつけでしかないのではないだろうか、と勝俣氏は言っている。

近藤氏は「癌とは闘うな」、癌の中には放っておいても害のないものがあり、癌治療をする事で逆に寿命を縮めていると主張している。極論ともいえる主張であるが、妙に説得力はある。しかし患者は本物の癌であるとか癌もどきであるのか見極められないといった問題もあり、今の癌治療の状況は悩ましいと言わざるを得ない。    以上

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