●追加用のページ

第12稿 「癌と共に~癌治療のEBM・世情雑感~」2014年2月27日

目 次

1.      抗癌剤併用療法のEBM(evidence based medicine)

2.      抗癌剤の併用療法の根拠と私の感じる疑問点

3.      新しい抗癌剤 分子標的治療薬

4.      進行胃癌ステージⅣの治療のEBM

5.      免疫治療の進歩

6.      万能細胞への期待

 

1.      抗癌剤併用療法のEBM(evidence based medicine)

 EBMとは根拠に基づく医療で、個人の臨床的専門技能と系統的研究から得られる最良の入手可能な外部の臨床的根拠と統合することであり、臨床試験は、系統的研究の主軸をなすものである。故に一般診療で蓄積された経験とは厳密に区別しなくてはならない。

何故なら一般診療は主治医が患者を診て、その時の患者の状態を見極めて最善と思われる治療を目的にしており、その治療結果は著しい効果が得られたとする症例報告や数症例における治療成績は偶然や、好条件の症例を選択したバイアスの結果かもしれないので疑問を感じるのである。新薬や新たな治療法の開発は、臨床導入から標準療法になるまで第Ⅰ相試験から第Ⅳ相試験の段階を経て実施時期・目的によって、臨床薬理試験、探索的試験、検証的試験、治療的使用などに分類できる。臨床試験の原則は比較であり、結果の妥当性・精度を高める為に、あらかじめ立てた仮説を検定すると言う手順で実施されるが、その手順をこの稿で縷々解説する事は割愛する。要は定められた手順に沿って、EBMを確立し臨床試験の妥当性を担保する事にある。さらに臨床試験の科学性・倫理性を担保するため、診療・研究の主体である臨床研究者集団の他に、データ管理・統計解析・運営管理や支援をする支援組織が必要で、臨床試験を実施する為の資金提供者の存在も必須である。

 

2.      抗癌剤の併用療法の根拠と私の感じる疑問点

私は、201175日スキルス胃癌のため胃全摘・胆嚢切除し、遠隔転移も無く、ステージはⅡBHER2スコア0であった。再発予防のためTS-1単独で術後補助化学療法を8クール(約1年間)実施した。当初、完全治癒切除出来たと言う医師の説明があったので、抗癌剤を一年間飲み続ける事に躊躇したが、KKR札幌医療センターの石川医師より手術単独群とTS-1を用いた術後補助化学療法群を比較するRCT(ランダム化比較試験:randomized controlled trial)で3年生存率において、手術単独群で70.1%、TS-1群で80.5%と有意にTS-1群で良好な成績が得られており、この結果を持ってTS-1療法はステージⅡ、Ⅲの胃癌術後の標準治療になっているので、是非、延命の為に服用する様にと勧められ,TS-1を服用することになった。2013626日イレウスが確認され、フォローアップCTで横行結腸に手術不能の進行転移癌が認められ、この段階でステージⅣ、即ち末期癌であった。臨床試験的判定(全国がんセンター協議会、日本胃癌学会)ではMSTは8~12ヶ月であり、データ的には今年の226日~626日までの余命ということになる。

201310月より北大に転院し20142月までに4クールSP療法を行って来た。幸い自覚的な全身状態は良好で、他覚的な血液検査、CT画像でも特に癌の進行は確認されず、見えない力によって、私が予想するよりも長い生存が許されている様である。SP療法は最大でも恐らく7クールで終わり、順調にいけば本年6月上旬までで、何らかの結論が出て、治療を終了するか、或いはSP療法以外の二次的な治療法が選択されると思っている。

癌の治療法は、癌腫毎には膨大なので私の持病である胃癌に限定して紹介する。私の転移進行胃癌ステージⅣに対して、北大病院消化器内科腫瘍グループの小松医師より、SP療法後に継続治療が必要ならば以下の10レジメンの治療法が候補になるとの説明があった。

1)         XP療法(カぺシタビン+シスプラチン併用療法)

XP療法(カぺシタビン療法ともいう)は、乳癌、大腸癌を適応としていたが、20112月にカペシタビンは胃癌にも適応拡大され保険適用となり、使い易くなった。一次治療の標準療法は、既に転移し、切除不能の胃癌患者の延命に使われる。基本的にはカペシタビンはシスプラチンとの併用で使用される薬剤であるが、症例によってはトラスツマブの併用使用も考えられる。カペシタビンはわが国で開発された5FU系の内服抗癌剤で、体内に入ると肝臓や癌組織に中に多く含まれる酵素によって抗癌作用を持つ5-FUに変換され、癌組織内で高い5-FU濃度を得る事で効果を発揮する内服薬剤である。

カペシタビン(商品名;ゼローダ:1000mg/㎡/回)を1日の夕食後から15日目の朝食後まで朝・夕の2回内服し、1日目にシスプラチンを点滴するもので、3週ごとに繰り返す。シスプラチンの腎障害予防の為、短期間の入院が必要である。

2)         トラスツズマブ療法(トラスツズマブ+カペシタビン+シスプラチン併用療法)

XP療法に分子標的薬のトラスツズマブ(商品名;ハーセプチン)を併用する治療法である。トラスツズマブ療法はHER2の過剰発現が強陽性の胃癌患者に用いられる。2005年に始まった国際共同臨床試験でHER2の過剰発現を認めた食道胃接合部癌の患者に本療法は化学療法(カぺシタビン+シスプラチン)群と比較して治療成績が良く、トラスツズマブを併用しても安全性は高い事が明らかになった。更に、この試験でHER2遺伝子の増幅が多い患者ほどトラスツズマブの恩恵が得られる事が分かった。

私の場合は胃全摘後の癌組織検査でHER20であったので投与対象にならないと思われるが、治療の実態が分からないので、実際使用する段階で主治医の小松医師に確認しようと思っている。HER2(ヒト上皮成長因子受容体2型)は、細胞の増殖に関与し胃癌(乳癌)の20%に過剰発現し、癌細胞の増殖や悪性化に関わっている。ちなみにHER2発現検査費用は胃癌組織を使って検査し、約10日間かかり保険3割負担で9,000円である。本療法によるHER2陽性胃癌患者に対する治験成績で全生存期間中央値が17.7ヶ月の治療効果が報告されている。

カペシタビン(商品名;ゼローダ:1000mg/㎡/回)を1日目の夕食後から15日目の朝食後まで朝・夕の2回内服し、1日目にシスプラチン(商品名;ブリプラチン、ランダ、シスプラチンマルコ:80㎎/㎡)およびハーセプチンを点滴するもので、3週ごとに繰り返す。ハーセプチンは初回8㎎/kgを90分で投与し、アレルギー反応等がなかった場合は2回目以降6㎎/kgを30分で投与継続する。シスプラチンの腎障害予防の為、短期間の入院が必要である。また、ハーセプチンは心臓に悪影響を及ぼす事があるので、治療前には心臓の検査を行う事がある。また、治療中も心臓の働きに影響がないかチェックする。

3)         イリノテカン+シスプラチン併用療法

この療法(分割投与法)は、同時併用で、お互いの効果が相乗的に発揮される事が知られている。この療法の特徴は、胃癌に対する最も基本的な治療薬であるフッ化ピリミジン(フルオロウラシルやエスワンなど)が含まれていない事で、この抗癌剤が効かない胃癌患者への効果が期待され、組織学的には未分化癌より高分化癌に効果がより期待されている。従って肝臓転移やリンパ節転移の患者に、腹膜転移の場合は他の治療法の先行治療が薦められる。悪性度の高いスキルス胃癌などの癌細胞は未分化型に分類される。私のスキルス胃癌は病理組織学的には低分化型腺癌、又は印環細胞腺癌に分類されているので、高分化癌に効果のある本療法の対象になるのか現在はあまり理解出来ていない。胃癌は個々の癌細胞自体が独立しているので、それぞれが胃の内部組織中で浸潤を始めていく。この為、病変の速度が速く発見が遅れる事が多いといえる。又、癌細胞自体独立性があるので拡散し易く、他の臓器に転移し易い事も特徴である。治療が困難なケースも多く悪性度は高いと言える。以下の一括投与法は大変優れた効果が証明されているが、血液中の白血球や好中球が大幅に減少し、下痢を起こす等、副作用が現れる確率が高い為、癌専門病院での治療が必要となる。

イリノテカン(商品名;カンプトなど;イリノテカン塩酸塩60mg/㎡1日目)及びシスプラチン(シスプラチンマルコ:30㎎/㎡1日目)を点滴するので、2週ごとに繰り返す。

4)         メソトレキセート+5-FU時間差療法(MTXFU交代療法)

メソトレキセート+5-FU時間差療法は新しい抗癌剤の治療法と思うが、後述の細胞分裂の時間のズレを利用したクロノテラピーの事と思われる。メソトレキセートは、適応にMTXFU交代療法:胃癌とあり、投与局所への障害が少ない為、髄注を含めたほとんどの投与法が可能とされている抗癌剤である。

1日目にメソトレキセート(商品名;メソトレキセート:100mg/㎡)及び5-FU(600mg/㎡)を点滴し、腎臓保護のために、2日目から3日目にかけてロイコボリ ン(10mg/㎡)を6時間ごとに内服、これを毎週繰り返す。

5)         5-FU+レボホリナート併用療法

フルオロウラシル(商品名;5-FU)とレボホリナート(商品名;アイソボリン)による治療は、21世紀になってイリノテカンが使える様になるまでは世界の標準治療薬であった。5-FUとレボホリナートを併用する治療は、医者の間ではバイオケミカルモジュレーションと呼ばれている。簡単に言うと5-FUの効果を強めて、副作用を減らす治療である。今迄にFOLFIRI療法やFOLFOX療法を行っていて、副作用の為イリノテカンやオキサリプラチンが使用出来なかった患者には、副作用の原因になった薬を止めて5-FUとレボホリナートで治療を継続する事が出来る。

(注)FOLFIRI療法:フルオロウラシル+レボホリナート+イリノテカン、 FOLFOX療法:フルオロウラシル+レボホリナート+オキサリプラチン

1日目にレボホリナート(商品名;アイソボリン:250mg/㎡)を2時間かけて点滴する。点滴開始後1時間の段階で5-FU(600mg/㎡)を5分で急速点滴する。これを6週連続で投与し、その後、2週間休薬する。

6)         イリノテカン単独療法

中国原産の喜樹から抽出されたカンプトテシンの誘導体で、胃癌は1995年に承認され、癌細胞内にあるDNAを切断する事で、癌細胞が分裂・増殖するのを妨げ、効果を発揮する胃癌では初回治療が無効になった後の二次治療以降で用いられる事が多く、単剤、もしくは初回治療でシスプラチンを使用していない症例に対してはシスプラチンとの併用で用いられる事もある。イリノテカンには主に5-FUとレボホリナートとの併用であるFOLFIRI療法や、エスワンとの併用であるIRIS療法、セツキシマブとの併用、単剤療法と様々な使用方法がある。

(注)IRIS療法:イリノテカン+エスワン

イリノテカン療法は、イリノテカン(商品名;カンプトなど:イリノテカン塩酸塩150mg/㎡)を2週間ごとに点滴する治療である。

7)         パクリタキセル療法

ヨーロッパイチイの樹皮成分から抽出され製剤化された抗癌剤で、体内に入ると細胞の骨格を形成する微小管に結合し、癌細胞が分裂する時に出来る紡錘糸が形成されるのを妨げる事で抗癌作用を発揮する。胃癌では主に初回治療が無効になった後の二次治療以降に用いられ、特に腹膜転移の患者に有効性が報告されている。パクリタキセル(商品名;タキソールなど;パクリタキセル「NK」:80mg/㎡)を1日目、8日目、15日目に点滴するもので、4週ごとに繰り返す。溶解液にアルコールが含まれているので、アルコール過敏症の患者は事前に主治医・看護師に申し出る必要がある。

8)         ドセタキセル療法

チュブリン重合促進・脱重合阻害による安定化で細胞分裂をM期で停止させる。パクリタキセルの毎週投与法よりも骨髄抑制(特に白血球減少)が高い割合で強く発現する。ドセタキセル(商品名;タキソテール:60mg/㎡)を3週ごとに繰り返す。

10)エスワン(S-1)単独療法

胃癌の場合には術後の病理診断でステージⅡ以上の患者で再発の危険性が高いとされ、術後補助化学療法が推奨されている。私は8クール(約1年間)継続服用し、定期的にCT検査や胃カメラの画像診断、腫瘍マーカーを含めた採血検査などでチェックしてきたが、8クール終了後から1年後に再発した。術後補助化学療法としての評価は、国内の術後病期Ⅱ・Ⅲと診断された患者の臨床試験の結果で術後5年の段階で47%が再発したのに対し、術後に1年間エスワンを服用した患者では35%程度に再発率が抑えられており、1年間のエスワン服用が再発率を減らす結果を示した。同様に生存率の検討も行われ、エスワン服用で術後5年生存率が約10%高い結果を示した。エスワン(商品名;80mg/㎡)を1日目から28日まで朝、夕の2回内服するもので、6週ごとに繰り返す。胃癌の場合は、5-FU系のエスワン、カペシタビン、シスプラチン、ドセタキセル、パクリタキセルなど、場合によっては分子標的治療薬のトラスツズマブ(商品名;ハーセプチン)を用いる事が生存期間の延長に繋がる様である。

私に使える治療法としては、素人考えかもしれないが、SP療法後は、イリノテカン+シスプラチン併用療法、パクリタキセル療法に限定される様である。現在、DCS療法(エスワン+シスプラチン+ドセタキセル)の3剤併用療法が日本国内の臨床腫瘍グループで臨床試験中であり、その有用性が立証されれば私の末期癌にも道は開けるのではないかと思っている。

11)抗癌剤の治療効果判定の矛盾

抗癌剤は、癌細胞が細胞分裂を行う時に作用し、癌細胞のDNAの合成や複製を阻止する事で、癌細胞を死滅させる働きを持ち、それぞれ特定の癌腫を対象にしている。ここでは私の治療に使われている、あるいは今後使われるかもしれない抗癌剤について述べる。

現在、私に実施されているSP療法の抗癌剤は、経口および靜注により、血流と共に全身をめぐるため、横行結腸に確認された癌・未だ発見できない遠隔転移の進行胃癌を縮小する為に投与している。本来、転移癌ステージⅣの治療目標のメインは、癌の治療、治癒が出来ない場合の延命、症状の緩和を目的としているが、私はあくまでも治療に専念して完全社会復帰を望んでいる。私は抗癌剤の転移進行胃癌に対する薬剤感受性については殆ど期待出来ないと考えており、延命効果は無治療よりは期待出来ると言った程度で理解しており、むしろ実感として副作用としての白血球減少、貧血等が骨髄にある全ての血球の元になる造血幹細胞に悪影響を与えている点を気にしている。白血球の減少に対してはG-CSFが白血球数を増加させる事は知っていたが、実際治療する主治医の小松医師によるとG-CSFは単に細菌感染に効果のある顆粒球を増加させる薬剤であり、癌細胞に対して効果のあるリンパ球を増加させる訳ではないので単に好中球を増やすだけでの目的では投与しないと説明してくれた。癌化学療法を専門としない医師が治療し、私の様に治療方法に納得できずにセカンドオピニオンを利用して北大に転院するケースもある。今、4クールが終わり、3月から5クール目となり、7クール目を終えて治療効果を評価し、主治医の小松医師より、治療続行ならば前項のイリノテカン+シスプラチン併用療法、パクリタキセル療法を提案されそうである。この療法も標準療法であると思うが、検証はされているかどうかの保証はなく、使ってみないと分からない懸念もあり、悪化する事も考えられると思っている。そして変更した治療法で効果が見られるのは1~2か月かかるので私に効果があるかどうかの保証(且つ保障)は無いのである。又、医師の言う治療効果はCR(腫瘍の消失が4週間以上続いた場合)、PR(腫瘍の最長径の和が30%以上4週間続いた場合)、SD(PRPDどちらの基準も満たさない)で判断し、見かけ上の消失が4週間続けば癌細胞縮小効果ありと言う事で、完全奏功となるが、患者の私としては4週間の効果を望んでいる訳ではなく、1年、2年先の事を考えるのである。勿論、主治医の小松医師はオンコロジストで、慎重に現状を正確に伝えてくれる医師であり信頼している事は言うまでもない。

1)抗癌剤治療の問題点

抗癌剤治療は癌の治癒、延命を目的にしているが、現実は患者が本来持っている免疫力、体力を低下させ、患者によっては精神的ダメージも与えている。抗癌剤は降圧剤や睡眠薬と全く別次元の薬で、細胞分裂を停止させ細胞を破壊する毒性を持つ薬剤である。又、抗癌剤の投与量は10数年前までは一気に癌を死滅させるために最大量の投与をする事が効果的であり、腫瘍の縮小を第一に考えていた。その結果、縮小しても抗癌剤の影響で身体は衰弱し、延命につながらないケースも耳にしていた。冷静に考えると奏効率20%とか30%と言われても普通に考えれば80%、70%には効いていないと言う事であるから、抗癌剤の奏効率は患者にとっての真の延命とは言えず、何の意味もないのである。結論としては、従来型の抗癌剤は副作用だけではなく多くの問題を含んでいるので、短期的には分子標的抗癌剤の治療現場での確立、免疫療法を最大限に生かした治療法の研究成果に期待し、長期的には遺伝子治療、更にはStapiPSの臨床現場で治療に使える様に国もバックアップして早期に実現出来る様に、万能細胞の研究の進展に大いに期待している。現段階では、患者自身も医師に全面的にお任せするのではなく、自分に投与される抗癌剤の効果の有無及び周辺薬剤の投与目的くらいは知っておく必要を入院して同室の患者と話して痛感した。

 

3.      新しい抗癌剤 分子標的治療薬

癌細胞のみに選択的に働く治療薬として開発された分子標的治療薬は、近年の分子生物学の進歩により、癌だけが持つ特異抗原や癌の増殖を引き起こす酵素やタンパクが明らかになった為に開発可能となったもので、2001年から2010年に18品目が承認・薬価収載されている。この治療薬は癌細胞の表面に存在する特異抗原に作用するものと細胞内、核内の分子を標的として細胞内に入り込んで作用するタイプのものがある。後者のタイプにはソラフェニブ(商品名;ネクサバール)、スニチニブ(商品名;スーテント)の様に、癌の増殖や血管新生を促進する信号経路を複数個所で遮断できるタイプのものもある。

私に使えるのは切除不能・再発胃癌にも適応拡大したトラツズマブ(商品名;ハーセプチン)くらいで、癌細胞の表面に存在するHER2受容体に結びつく抗体でHER2強陽性と判定された患者のみに効果があり、作用メカニズムは、HER2受容体に結びついたトラスツマブがNK細胞やマクロファージの標識となって結合し、それらの免疫系細胞の働きにより、腫瘍細胞を攻撃する。私の主治医の小松医師は外来時にハーセプチンを場合によっては検討したいと言ったような記憶がある。

トラツズマブ(商品名;ハーセプチン)は2001年に承認された乳癌の分子標的治療薬で、日本で最初に認可された抗癌剤である。癌細胞の表面に存在するHER2受容体に結びつく抗体で、転移性の乳癌の中でもHER2強陽性と判定された患者のみに効果が現れているのでHER2が0であった私には適応出来るのであろうか。この作用のメカニズムはHER2受容体に結びついたトラスツマブがNK細胞やマクロファージの標識となって結合し、それらの免疫系細胞の働きによって、癌細胞を攻撃する。他の抗癌剤との併用で奏効率や生存期間の延長が得られ、乳癌の新しい治療薬として大いに期待されている。胃癌のHER2タンパク陽性患者にトラスツマブの上乗せ効果が認められた事で、治癒不能な胃癌患者に対して2011年に適応拡大が承認され保険適用となった。トラスツマブはシスプラチン、5-FU系の薬剤と併用した臨床試験で有用性が証明されている。トラスツマブは3週間に1度、点滴で投与されている。使う場合は、先ず手術または内視鏡で採取した胃癌組織で、強く発現するHER2タンパクの有無またはHER2遺伝子の数を調べ、多いと、抗HER2抗体薬が効く可能性を有していると考えられている。

1)分子標的治療薬の問題点

正常細胞に影響を与えない、画期的な癌の治療薬として開発され、期待された分子標的治療薬ではあるが、効果があるのは患者の一部であり、また、癌が進行していくと効果が薄れていく事が多いと言われている。これは癌の変異した遺伝子は1種類ではなく複数あり、進行すると遺伝子の変異が増加し、対応しきれず、効果が上がらない原因の一つと考えられている。また、従来型の抗癌剤と同様に、多くの分子標的治療薬に副作用が見られるだけでなく、一部の患者には間質性肺疾患など重篤な副作用も見られ、正常細胞にも影響を与えている事もわかった。現在の所、固形癌を単独で治療出来る分子標的治療薬は無く、従来型の薬剤と併用されるケースが多いと言うのが実情である。

 

4.進行胃癌ステージⅣの治療のEBM

1)5-FU(商品名;5-FU,一般名;フルオロウラシルFluorouracil)をベースにした比較試験が世界的に行われてきたが、全生存期間において5-FU療法を上回る治療法は存在しない。

2)臨床試験の結果の解釈の違いにより、わが国では5-FU療法、その他の多くの国で5-FUCDDP(商品名;ブリプラチン、ランダ、一般名ン;シスプラチンCisplatin)によるCF療法、英国を中心とした欧州の一部の国ではCF療法にEPI(商品名;ファルモルビシン、一般名;エピルビシンEpirubicin)を加えたECF療法が標準とされてきた。

3)CF療法にDTXを加えたDCF療法のCF療法に対する優越性がRCTにより示されたが、MST(生存期間中央値)は10か月未満で、毒性が高い事から、一般的に標準治療としては受け入れられていない。

4ECF療法を対照治療としたRCTで5-FUに対するカペシタビンの非劣性、CDDPに対するオキサリプラチンの非劣性が証明されている。

5)わが国において5-FU療法を対照に、TS-1療法、CPT-11CDDP療法を比較するRCTが行われ、TS-1の5-FUに対する非劣性が示された。さらに、TS-1療法とTS-1CDDP療法を比較するRCTの結果、TS-1CDDP療法の優越性が示され、現時点での標準治療は

TS-1CDDP療法と考えられている。

5)HER2陽性進行胃癌を対象とした、5-FUもしくはカペシタビンとCDDPを併用する対照群と対照群にトラスツマブを併用する併用群を比較するRCTの結果が2009年のASCO(米国臨床腫瘍学会American Society of Clinical Oncology)で報告され、overall survival (OS 全生存期間)における併用群の優越性が証明された。従って、HER2陽性胃癌に対してトラスツマブ併用療法が標準と考えられている。

6)化学療法は、原則としてperformance status(PS:患者の全身状態の指標を0~4の5段階で表している)0~2の患者を対象とし、PS3以上では投与の必要性をよく考慮し、主治医が患者に十分な説明と同意を得た上で実施する事になっている。二次治療のエビデンスは乏しいが、PS, 初回治療の内容や経口摂取の可否などを参考にして決定する様である。

以下、具体的に転移進行胃癌ステージⅣの治療法を記す。

7)一次治療

TS-1CDDP療法・・・経口摂取可能な症例に対する国内標準治療。奏効率54%、TTP(治療効果持続期間time to progression)中央値6.0ヶ月、MST13.0ヶ月。

TS-1  80/㎡ 分2        day1~21  5週ごと

CDDP 60/㎡ 2時間で点滴静注     day8     5週ごと

但し、CDDPは蓄積毒性のため、7コース以降は投与しない事になっている。

TS-1療法・・・第Ⅱ相試験において奏効率4050%、MSTが7~8ヶ月と単剤としては効果が高く、外来で治療可能。5FUとの比較で非劣性が証明されており、CDDPが何らかの理由で使用できない場合、一時治療の選択肢。

TS-1  80/㎡ 分2        day1~28  6週ごと

③5-FU療法・・・奏効率11%、MST7.1ヶ月。腹膜播種症例を対象としたMTX+5-FU療法とのRCTでは治療成績に差が無く、高度腹膜播種例、或いは経口摂取不能、消化管狭窄症例に対するレジメンである。

5-FU  800/㎡ 分2 24時間持続靜注    day1~5  4週ごと

④5-FU又はカペシタビン+CDDP+トラスツマブ療法・・・カぺシタビンはわが国で開発された胃癌に用いられる内服剤である。トラスツマブは胃癌用の点滴靜注役である。HER2陽性進行胃癌に対する一次治療としての世界標準治療。奏効率47.3%、MST13.8ヶ月。

5-FU 800/㎡ 分2 24時間持続靜注    day1~5  3週ごと 又は

カペシタビン(商品名;ゼローダ)2000/㎡ 分2 day1~14 3週ごと 及び

CDDP 80/㎡ 2時間で点滴静注     day1  3週ごと

トラスツズマブ(商品名;ハーセプチン)初回8/kg30分以上で点滴靜注、day

3週ごと。

8)ニ次治療

PTX療法・・・第Ⅱ相試験の結果、前治療を有する場合でも奏効率27%、MST319日であり二次治療以降として効果が期待される。

PTX 210/㎡  3時間で点滴靜注  day1  3週ごと

weekly PTX療法・・・二次治療としての第Ⅱ相試験の結果、奏効率は16%、MS7.8ヶ月と報告されている。経口摂取不能症例に施行可能である。

PTX 80/㎡  1時間で点滴靜注  day1,8,15  4週ごと

DTX療法・・・第Ⅱ相試験での奏効率は17.1%と報告されている。5-FU,CDDP等と交差耐性を認めないため、二次治療としての有効性が検討されている。

DTX 60/㎡(最高70/㎡)  1時間で点滴靜注  day1  3週ごと

CPT-11療法・・・第Ⅱ相試験での奏効率は18.4%と報告されている。腸閉塞や腸管麻痺のある症例、多量の胸腹水や黄疸を有する症例では投与禁忌である。

CPT-11 150/㎡  1.5時間で点滴靜注 2週ごとに23回投与、少なくとも3週休薬。

転移進行胃癌ステージⅣの予後は、5年生存率7.2%である。ちなみにⅠは99.1%、Ⅱは72.6%、Ⅲは5.9%であり、私のステージⅣの治療の厳しさをご理解頂けると思う。

 

5.免疫治療の進歩

既存の免疫療法は、免疫の攻撃力を高めて、癌細胞を死滅させる事にあったが、攻撃が過剰になると自分自身を傷つけ効果としては不十分であった。今回承認見込みの小野薬品工業の皮膚癌適応の点滴薬ニボルマブ(一般名)は米国で予備的な治験を実施し、患者35例の半数に5カ月以上癌が進行しなかった事で、日本国内で臨床データを集積し製造承認申請した。恐らく優先審査で今秋にも承認になると思われる。これまで国内の癌免疫療法は、科学的に効果を確認しておらず、かつ承認された医薬品も無かった。免疫の仕組みは体全体で共通なため、効果の面でも従来の治療法の2~3倍の癌縮小効果があるので今後肺や腎臓、肝臓、胃等への適応が大いに期待される。この薬剤は米科学誌サイエンスでも画期的な進展として取り上げられた。ニボルマブは、従来の免疫療法とは異なった作用機序で、攻撃を促進するのではなく、攻撃に抑制がかからないようにする治療薬である。即ち、免疫を抑制する蛋白質PD1,CTLA4の働きを抑制し、免疫の攻撃をスムーズにする作用機序が画期的であるというものである。日本では新薬であるが米ブリストルマイヤーズスクイブでは既に3年前に米国など40か国以上で悪性黒色腫に対して承認を受け、約680人対象の米国の治験で1年後の生存率45.6%、2年後の生存率は23.5%と従来の免疫療法の生存率25.313.7%に比べ約2倍の効果を示した。

 

6.万能細胞への期待

iPS細胞とSTAP細胞~

新発見のSTAP細胞はiPS細胞と異なり、眠っていた力を呼び覚まして自ら万能化する。生命の種である受精卵は分裂を繰り返し、皮膚や筋肉、神経などの様々な組織に育ち、いったん育った細胞が元の万能の状態に戻る事はないと言うのが常識であった。京大中山教授はこの常識をマウスの細胞に4遺伝子を入れて万能細胞を作り、iPS細胞と名付けた。 STAP細胞は、酸性の液体に浸し死の淵に追い込まれた細胞が覚醒する新型の万能細胞である。現段階では特許として国際出願中でSTAP細胞の詳細は不明であるが、世界知的所有権機関の公開情報によると、細胞を刺激して万能細胞を作る技術として米国で出願(20134月)された。出願者はハーバード大のブリンガム・アンド・ウイメンズ病院、東京女子医大、理研の三者で、特許で抑えているのは遺伝物質を外から入れずに万能細胞を作る基本的な技術であり、重要なのは、出願者に理研や女子医大など日本勢が入っていることである。iPS細胞は、2006年に特許を国際出願したが、約半年後にドイツの製薬企業が特許の内容を絞って国内出願し競合したが、この特許は後に米企業に渡り、京大はその米企業から譲り受ける事で紛争を避けた。中山教授は、若い日本の研究者からの発信で、本当に誇りに思い、素晴らしい成果だと評価している。研究者として非常にワクワクすると述べた。STAP細胞には体内で臓器を再生する等iPS細胞には出来ない事が出来る可能性がある。iPS細胞は、発見から8年で大きく安全性が高まり、ヒトへの臨床試験が可能な一歩手前まで来ているが、STAP細胞の安全性評価はまだこれからであり、発明者の理研の小保方晴子さんに同じ万能細胞の研究で協力を呼びかけている。政府もこの研究の重要性を理解し、最重要と考え、理研に対して下村文部科学大臣は131日の会見で、世界最高水準の研究開発を担う新制度の「特定国立研究開発法人」に指定する考えを明らかにした。新法人は優秀な研究者を高給で優遇する等、資金を自由に使える。朝日の天声人語で小保方春子さんについて、「時の人になった彼女も、先入観や常識に縛られない人の様だ。作り出した万能細胞は、その方法の単純さで専門家を仰天させた。紅茶程度の弱酸性の液に浸すだけといい、初めは誰にも信じてもらえなかったと言う。権威ある英科学誌も最初は論文を突き返した。その際の“何百年にもわたる細胞生物学の歴史を愚弄している”という激しい意見は、遠からず伝説となろうとエスプリの効いた言であった。それ程に常識を覆したことの証しである」と紹介している。更に、新発見には運や偶然もあろうが、物理学者の寺田寅彦は言っている。「科学者になるには自然を恋人としなければならない。自然はやはりその恋人にのみ真心を打ち明けるものである」。快挙を讃えつつ、努力の総量を思ってみる。とむすんでいる。

現在、ハーバード大の研究チームがSTAP細胞を使い、サルで治療を始めており、ヒトへの臨床に向けて加速している。サルでの実験は201112月に脊髄損傷で足が麻痺した複数のサルから細胞を取り出し、マウスのSTAP細胞と同じように酸や管に通して刺激したSTAP細胞とそっくりの細胞をサルに移植した。その結果、足が動かせる等の効果を確認している。さらに人でも既に臨床研究を計画している。

一方で217日の朝日新聞に気になる記事が掲載された。英科学誌ネイチャーがSTAP細胞の論文に根拠となるマウスの2枚の写真が酷似しているとして現在真偽を調査しているという内容である。世紀の大発見に水を差す記事で驚いたが、共同研究者の山梨大若山教授やハーバード大のチャールズ教授は、単純な取り違えで不正ではないミスと判断し、訂正を求め、論文の結論自体には影響ないとコメントしている。信じたい!

以上 2014227日  11.へ  13.へ