7.遺訓第5条 身命を惜しまず、児孫の為に美田を買わず  2018810

 

■遺訓第5

或る時「幾歴辛酸志始堅。丈夫玉砕愧甎全。一家遺事人知否。不為児孫買美田。」との七絶を示されて、若し此の言に違ひなば、西郷は言行反したりとて見限られよと申されける。

 

□第5条の解釈

1871(明治4)年、鹿児島に引きこもっていた西郷は、いやいやながらも強く乞われて明治政府に出仕し、参議・陸軍大臣となり正3位に叙せられた。

この七言絶句の漢詩は、この時の心境、覚悟を陳述するものである。

この覚悟は、遺訓第4条の「万民の上に位する者の私を営みたる姿」を批判する自己言及である。遺訓第5条は、自分と「政治に私心をはさみたがる」政府高官たちとの違いを宣言した西郷の矜持である。

 

ⅰ)自分は、他人よりもはるかに、何度も何度も辛い経験をした。

ⅱ)自分は、その経験に耐えたからこそ、志を確固たるものにすることができた。

ⅲ)自分の志は、大丈夫―ますらお、立派な男子たることをめざすものだ。

ⅳ)立派な男は、「民を安んじる」大義のためならば、いさぎよく死ぬ覚悟をもつ。

ⅴ)立派な男は、志なく自己保身の立身出世だけに執着する生き方を恥じるのだ。

ⅵ)我家の家訓など、他人が知ったことではなく、他人に知らせるものでもないが、

ⅶ)自分は、他人がするような私欲の蓄財・財産を、子孫に残すことなど絶対しない。

ⅷ)立派な男は、言行一致でなければならない。

ⅸ)言行一致でなく、口先だけの人間は、他人から信用されず、相手にされない。

ⅹ)自分は、立派な男として、言行一致・知行合一をつらぬく覚悟である、見ておれ。

 

慶応から明治へと変わる政治状況にあって、倒幕・戊辰戦争の主役である西郷の行動は、権力を掌握した革命的政治家の常識的な姿から、はなはだかけはなれた奇怪なものである。 

江戸無血開城から上野の彰義隊との戦い、鹿児島へ帰郷して湯治、そしてまた奥羽越列藩同盟の戦いに出征、庄内藩へ寛大な処分を指示、帰郷して湯治ひきこもり、藩主(忠義)の要請を断り切れずに藩政改革に参政、そしてまたなぜか箱館戦争に参加したがすでに戦争は終結、東京に残留すべしの政府命令を無視、帰郷して湯治ひきこもり、岩倉勅使と大久保副使が西郷に出仕を促し、難航するも重い腰をあげて、明治維新の倒幕・破壊フェーズから開国・建設に向けた政治改革のために参政を承諾、「政府改革案」をもって明治4年に上京。

 そして、薩長土の藩士・兵士を天皇の御親兵に編成し、その武力を背景に、廃藩置県という大改革を主導した。廃藩置県こそ今につづく近代的日本国家の礎である。

 このような行動に駆り立てた西郷の志を、現代に生きるわたしは、どのように理解すべきか。

 

◆論点5.1 西郷の志 ~万民の上に位する者の行動倫理

志、立志、星雲の志、大志とは、自分の人生において、社会的関係において、ぜひとも為すべきこと、成りたい人間の姿を、つよく明瞭に、自分の心に抱く自画像である。

士族の身分にある西郷の志は、万民の上に位する者が、世を救い、民を安ずるを以て、自らの任とする」ことを大義として、「天を敬い、人民を愛する」という『敬天愛人』思想を実践する人物、知行合一の自画像である。

 

現代の日本人にとって「志」といえば、クラーク博士の「少年よ、大志を抱け」が有名である。

博士が来日した理由は、自分が教授をしているアメリカの大学に留学していた新島襄の仲介によって、「お雇い外人」として明治政府の熱烈な要請を受けたものだ。

博士は、来日して1年たらず教頭をしていた札幌農学校を離れるとき、1877(明治10)年5月、Boys, be ambitious like this old man諸君よ、野心的であれ、(はるばると日本に赴任してきた)この自分のように。」と学生たちに言って去ったという。

 

この他にも「青年よ、大志は金を求めるものではない、利得を求めるものではない、名声など求めるものではない。利己的な野心を燃やすことなく、人間としてあるべき姿を求める大志を抱きたまえ。人間の本分をなすべく大望を抱け。」と言ったという説もある。

博士は、アメリカ人のキリスト教徒であるので、その自らの行動倫理を強調して、新時代の北海道開拓に向かう若者にむかって、野心的に行動せよ、と啓蒙し激励したのだろう。明治維新後の北海道開拓を、アメリカの南北戦争後の西部大開拓に重ねたのかもしれない。

西洋人によるアメリカ西部大開拓は、アメリカ原住民からみれば、受難の大迷惑の時代である。(キリスト教徒は、原住民の生活をどのように認識していたのか。)

日本列島本州の内地人による北海道開拓は、日本列島北部の原住民であるアイヌからみれば、明治政府の同化政策を強制され、独自の生活様式を否定されたアイヌ民族の悲劇の歴史である。(札幌農学校の卒業生たちは、アイヌの存在をどのように認識していたのか。)

 

Ambitiousは、日本語では「野心」と訳されるが、クラークの言葉は「少年よ、大志を抱け」という有名な文句として後世に残った。

札幌農学校は、学者、技術者、宗教家、実業者など、有島武郎そのほか多彩な人物を輩出している。第2期生の名簿には、内村鑑三と新渡戸稲造の名がある。

内村鑑三はRepresentative Men of Japan』(代表的日本人)、新渡戸稲造は『Bushido: The Soul of Japan(武士道)を英文で海外に向けて出版し、日本人の道徳や宗教を示した。

内村は、西郷隆盛を『代表的日本人』の政治家として称賛した。新渡戸稲造は、『武士道』で儒教をベースとする義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義を説いた。

キリスト教をベースとする社会思想家が、西郷隆盛を世界的レベルの人物、人格者として評価し、尊敬したのだ。

西郷の堅い志である『敬天愛人』は、利己的な私心の野心ではなく、神仏儒道が混交習合した良心、誠心、正心をベースにする大志である。

その大志が、まさに世界の政治家・万民の上に位する者の行動倫理であると評価され、共鳴されたのだ。

 

◆論点5.2 西郷の志の根本 ~無私・無所有の思想

西郷の志の根本は、斉彬公の遺臣であるという強烈な自覚である。公の遺志を実現することだけが、忠臣として西郷が生きる大義名分、本分である。

その本分を実行するためには、我が身命をすてる玉砕をも覚悟する。自分の命は、自分の所有物にあらず、天にまかせるのだ。

その本分は、「君」に仕えて、万民の上に位する「臣」の職務である。臣(公職者、公務員)の職務の報酬・給金の原資は、人民から徴収した税金である。臣は、人民の税金によって生きる。僧侶が、庶民からのお布施を糧にするのと同じなのだ。

その税金の使途に私利私欲の私心をはさむことは、道理に反する邪道である。税金をかすめ、よこしまな心で蓄財を為し、その私有財産を子孫に相続することなど、もってのほかである。

「命ちもいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕抹に困るもの也。此の仕抹に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。」(遺訓第30条)

 

自らの身命を私有しないという玉砕の死生観は、必然的にこの世で財産をも私有しない覚悟に至る。西郷の『敬天愛人』の根本は、無私・無所有の思想である。

西郷の「玉砕への無私」と「税金の使途への無私」の志は、「死」に直面するつぎの幾たびかの辛酸をへて、はじめて堅くなったものである。

 

1858年、32

斉彬の急死を追って殉死を覚悟するも月照に諭される。安政の大獄から逃れて月照と帰藩するも、藩に拒否される。月照と錦江湾に投身自殺するも自分だけが蘇生。大島に身を隠す。

 

②1859年~1864年、3338 

大島の生活、妻をめとり、一男一女を得る。黒糖地獄の島民生活をつぶさに見分。

3年後に大島から召喚されるも久光の命にそむき、同志の讒言もあり、逆臣の罪人として遠島の流人となる。<土中の骨>の自覚。

沖永良部の生活、死を覚悟して牢獄のなかで静座、読書、思索、漢詩を作る。島民と交流。

牢中に余念なく志操を磨き、辛酸骨に透って吾が真を看て、志を堅個とする

 

1864年~1869年、3843歳 

召喚の藩命を受ける。久光から軍賦役兼諸藩応接係を拝命、武闘派政治家の自覚。禁門の変、長州征伐、鳥羽・伏見の戦、東征大総督参謀、江戸城無血開城、戊辰戦争の決着。幾多の戦いにおいて、弟をふくめて多くの死者をみる。剃髪して坊主頭。

戦いが静まれば、お暇願いを出して、もう隠居と決めている>心境。

 

◆論点5.3 西郷の志の現代的意義 ~公務員の「修己治人」

 2018年の現在、明治維新から150年がたった。

西郷の「敬天愛人」思想からみて、安倍首相一強の自公政権による通常国会の運営をどう評価するか。(モリ・カケ問題、公文書改竄、事実隠蔽、虚偽答弁、多数決独裁、野党勢力の無力、参議院の選挙制度変更から沖縄基地、米朝会談、核兵器、米国政権への対応など)

 

日本国憲法第152項は、「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。」と規定する。

現代社会の「万民の上に位する者」=全体の奉仕者とは、与野党の国会議員、官邸、大臣、行政官僚を頂点とする公務員である。

税金によって養われる特権的な地位にある高級公務員が、2018年の国会でみせた言動は、個人的な野心、私欲と自己保身、派閥の集団私欲、政党の党利党略、官僚の官邸への忠誠忖度、阿諛追従と立身出世欲など、まさに西郷が批判する政治に私心をはさみたがる」姿そのものではないか。

 

「いつの世も、ながいものには巻かれる、そんなもんだ」と評論、冷笑する人も少なからずいる。「憲法をないがしろにするな、民主主義の根幹を破壊すものだ」と難詰する人もおおい。

このような現代の政治状況において、150年前の時代の「天を敬い、人民を愛する」という西郷の『敬天愛人』思想は、どのような意義をもつか。

 

その意義は、「仕官治民」の為政者である公務員にむかって要求する、「修己治人」の具体的行動目標、行動倫理である。

『敬天愛人』―無私の思想:玉砕への無私、税金の使途への無私 ➡ 公務員

 

公務員という身分、地位、職業の発生は、人々がくらす自然的社会から人為的国家が形成される歴史と表裏一体である。

◇自然的社会 生命―{人民の生活:社会}-自然

            ↓ 自治能力をこえて、社会の複雑性が拡大する人類の歴史

◇人為的国家 生命―{人民の生活:社会(国家・公務員』)}-自然

 

西郷の大義名分論からすれば、公務員とは、上にお天道様をあおぎ、下に人民の生活をみる、特殊な社会的位置の人間でなければならない。公務員は、一般私人の国民とは別格な人種である。公務員は、公人である特権的な国民であるべきなのだ。

公務員は、上にむかって「天を敬う」ことを、修己;格別な人間に成る修業、修身、克己、研鑽、鍛錬とすべきである。

公務員は、下にむかって「人民を愛する」研鑽により、治人;人々を治めることを職務とする。

「敬天愛人」思想は、敬天―修己と愛人―治人を表裏一体の不可分とする。その政治体制は、大政・徳治―国政・法治―生活・自治の三層構造となる。

この思想構造は、つぎのように図式化できる。

 

◇自然;天道 ←<敬天><修己>← 公務員 政治 →<愛人><治人>→人民;生活

◇政治 大政・天意の徳治 ➡ 国政・人為国家の法治 ➡生活・自然社会の自治

 

◆論点5.4 徳治―法治―自治をバランスする政治思想への期待

現代の日本人は、「人民を愛する」などという言葉は使わない。だがすべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とする憲法を是とする。安倍政権の幹部は、ことあるごとに「政府は、国民の生命と財産と安全をまもる」と発信する。国家が国民を「保護する」ことを力説する。「人民を愛する」ようにみえる。

 

では、現代の公務員が、「天を敬う」修己の研鑽はどうであるか。

それは、否である。「天を敬う」政治思想などはない。

与党支持の国権至上・国家主義者・ウヨクにも、野党支持の人権至上・個人主義者・サヨクにも、政治を支える道義心と破邪顕正の徳治精神を養うこと、「天を敬う」政治思想など存在しない。

 

それでは、「人々を治める」ことを職業とする現代の公務員は、全体の奉仕者として「人民を愛する」根拠を、どこに求めるのか。

その根拠は、憲法前文と第15公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」の規定である。憲法第96条は、国民投票による憲法改正を定める。

現代の立憲政治思想の主権在民、代議制民主主義、選挙制度の構造は、つぎのように図式化できる。

 

◇国民憲法 →代表選挙  公務員;権力者 ➡ 法治 →国民;生活

 

立憲政治は、西郷の政治思想の自然・天道の位置に、憲法をおく。天意を発する玉座に代わって、国民の民意を憲法に成文化する。

国家主権の最高法規である憲法は、国民投票による多数決によって定まる。その憲法案の作成と発議は、国会にゆだねられる。国会は、国民から選挙された議員によって構成される国民の代表機関である。

国民の代表を選挙する権利をもつ国民は、年齢によって自動的に限定される。選挙権をもつ国民の約4割は、投票所にむかわず、全ての国民が投票をするわけではない。

投票する国民の大多数は、個人的な権利や損得や所属する集団の権益にもとづいて、自分の利害を代表する者であろう立候補者に投票する。

 

代議制民主主義の理念と現実には、➀国民の政治意識、②公務員の人物像、③政治システムの間には、おおきなギャップがあるのではないか。

人権尊重と自由主義―民主主義の政治体制―資本主義の経済体制の間には、人間―社会―国家―自然に関する哲学と思想レベルで、おおきな矛盾があるのではないか。

 

現代の政治思想は、天意にもとづく徳治の政治思想を、前近代の時代遅れの遺物とする。聖人君子による「徳治」という用語は、死語である。

また「天を敬う」意識を失った現代人は、人命以外の植物と動物の生命を、自ら生きるための手段とする。現代人の生命観は、人間の人命尊重だけに突出している。きわめて傲慢な人間中心主義である、とわたしは思う。

現代の政治思想は、人間という生き物だけに自由と人権を認める。そしてその私人の権利保障を国家に求める。その結果、国権・国家主義者・ウヨクと人権・個人主義者・サヨクが、共存して対立する。

2018年の安倍首相一強の政治は、この不毛な対立を見苦しく演出するものだ。

 

現代の政治思想は、自然的社会と人為的国家を区別せず一体化する。

大政・徳治―国政・法治―生活・自治をバランスする政治思想は存在せず、一国に閉じた国政の法治だけが突出している。

新渡戸稲造は、武士道を西欧の「騎士道の規律」になぞらえて、武士階級の行動倫理を「高い身分に伴う義務;ノーブル・オブリジェ」として西欧人に説明した。

 人民の生活の安寧をおびやかす事態にあたって、「高い身分」の者が、我が身命を投げ捨てるのは、古今東西の為政者の覚悟である。

その覚悟の原理が、為政者の倫理道徳・道義心である。封建体制において君主が治める「徳治」政治思想である。

しかしながら、これらの覚悟はいずれも、現代人の人命尊重、人権尊重の価値観からすれば、時代錯誤の特権階級の古い旧い政治思想にすぎない。

 

現代の政治思想は、聖人君子による「徳治」と人民生活における「自治」の両端を支える道義心は横において、ひたすら個人の自由と基本的人権尊重にもとづく立憲主義の「法治」だけ、法治専制の国家民主主義である。

 

その法治を職務とする国家権力者である公務員は、国民生活の公平と公正、破邪顕正の基準を、どこに求めているか。

全体の奉仕者として「仕官治民」を職業とする公務員は、私心をはさまぬ公平な心の道義心を、どのように練磨しているか。

わたしは、国際政治学者、憲法学者、安全保障学者、政治学者、人権思想家たちに、人類の叡智を結集して、徳治―法治―自治をバランスする政治思想の構築を期待する。

 

 

以上  6.第4条へ   7.第6条へ