No.33 遺訓追加2 疾風怒濤の国際状況、あらたな国家思想の必要性 2022年6月23日
■遺訓追加 2 漢学 万国対峙の世界
漢学を成せる者は、弥漢籍に就て道を学ぶべし。道は天地自然の物、東西の別なし、苟も当時万国対峙の形勢を知らんと欲せば、春秋左氏伝を熟読し、助くるに孫子を以てすべし。当時の形勢と略ぼ大差なかるべし。
1.万国対峙 有事 武を振るう
古代中国の紀元前8世紀から3世紀は、春秋戦国時代とよばれる。諸子百家―孔子、老子、荘子、墨子、孟子、荀子、韓非子など百花繚乱の時代。
宗主国の周王によって諸侯・豪族に封建された領地支配体制が、動揺、解体し、秦・漢の皇帝のもとであらたな中央集権体制へと移行してゆく時代。
『春秋左氏伝』は、その時代の戦争のありさまを詳細に記述している書。孔子は、どうすれば戦争なき天下泰平の世の秩序を実現できるかを探求した。
『孫子』は、その戦争を分析・研究し、戦争に勝つための軍略を理論的に体系化した書。戦争に勝つとは、外敵に備えること、外敵の攻撃をやめさせること、つまり戦争を終わらせること。孫子は、損害をなるべく少なくして戦争終結の戦略を探求した。
西郷が生きた江戸時代の幕末、廃藩置県により中央集権国家体制へ移行する時代、米英露仏独蘭が覇をきそう帝国主義の時代、万国対峙する形勢、春秋戦国時代と大差ない、だから<春秋左氏伝を熟読し、助くるに孫子を以てすべし>。
➡第3条: 政の大体は、文を興し、武を振ひ、農を励ますの三つに在り。
1) 文を興す ➡第9条 道は天地自然の物 <正道>
2) 武を振るう ➡第15条~第18条 外国交際 <節義廉恥>
3) 農を励ます ➡第13条~第14条 租税、会計 <万民それぞれの業に安んじ候>
4) 学問 ➡第21条、第23条、第36条、第41条 <敬天愛人>
5) 政治 ➡第1条、第2条、『与人役大体』 <斉家―治国―平天下>
6) 為政者➡第4条、第19条、第20条~ <修身克己> <修己治人>
2.有事への備え 思慮は平生黙坐靜思の際に於てすべし
軍人政治家の西郷にとって、最大の有事・国家存立の緊急事態は、西洋列強の帝国主義国家による日本侵攻である。その事態にどのように備えるか。
■遺訓追加 1
事に当り思慮の乏しきを憂ふること勿れ。凡そ思慮は平生黙坐靜思の際に於てすべし。有事の時に至り、十に八九は履行せらるるものなり。
事に当り卒爾に思慮することは、譬へば臥床夢寝の中、奇策妙案を得るが如きも、明朝起床の時に至れば、無用の妄想に類すること多し。
➡第21条 講学の道、第32条 独慎、第33条 有事への備え、第21条 講学の道
➡ 「山中の賊を破るは易しく、心中の賊を破るは難し」(王陽明)
3.有事への修業 誠意を以て聖賢の書を読み、其の心を身に体し、心に験する修業致せ
■遺訓第36条
聖賢に成らんと欲する志無く、古人の事跡を見、とても企て及ばぬと云ふ様なる心ならば、戦に臨みて逃るより猶ほ卑怯なり。朱子も白刃を見て逃る者はどうもならぬと云はれたり。
誠意を以て聖賢の書を読み、其の処分せられたる心を身に体し心に験する修業致さず、唯かようの言个様の事と云ふのみを知りたるとも、何の詮無きもの也。
予今日人の論を聞くに、何程尤もに論ずるとも、処分に心行き渡らず、唯口舌の上のみならば、少しも感ずる心之れ無し。真に其の処分有る人を見れば、実に感じ入る也。
聖賢の書を空く読むのみならば、譬へば人の剣術を傍観するも同じにて、少しも自分に得心出来ず。自分に得心出来ずば、万一立ち合へと申されし時逃るより外有る間敷也。
➡第20条 己れ其の人に成るの心がけ肝要なり。第23条 処分能力 <心技体>
「いにしえの道を聞きても唱えても 我が行いにせずばかいなし」(日新公いろは歌)
4.有事の処分実行 治世・治功の要諦 下々は公平至誠の英雄に信服する
■遺訓第37条
天下後世迄も信仰悦服せらるるものは、只是れ一箇の真誠也。古へより父の仇を討ちし人、其のかずず挙て数へ難き中に、独り曽我の兄弟のみ、今に至りて児童婦女子迄も知らざる者の有らざるは、衆に秀でて、誠の篤き故也。誠ならずして世に誉らるるは、僥倖の誉也。誠篤ければ、縦令当時知る人無くとも、後世必ず知己有るもの也。
➡第4条 政令を行う 第12条~14条 治世 第19条 賢人君子の補佐
➡第29条 道を楽しむ 第30条 国家の大業
役人<強きをくじき弱きをたすける> 庶民<旅は道連れ世は情け>
5.有事の英雄 平日国天下を憂ふる誠心を厚くして機会を作り出す
■遺訓第38条
世人の唱ふる機会とは、世人の唱ふる機会とは、多くは僥倖の仕当てたるを言ふ。
真の機会は、理を尽して行ひ、勢を審かにして動くと云ふに在り。平日国天下を憂ふる誠心厚からずして、只時のはづみに乗じて成し得たる事業は、決して永続せぬものぞ。
➡第32条 僥倖・偉業を貴ばぬ
➡第35条 公平至誠 天下は<万民それぞれの業に安んじ候>か?
➡時処位 <機を見るに敏> <臨機応変> <天地人>天の時、地の利、人の和
➡捲土重来 起死回生 反転攻勢 臥薪嘗胆
6.賢人君子と秀才職人 至誠+才識 道義+能力
■遺訓第39
今の人、才識有れば事業は心次第に成さるるものと思へども、才に任せて為す事は、危くして見て居られぬものぞ。体有りてこそ用は行はるるなり。
肥後の長岡先生の如き君子は、今は似たる人をも見ることならぬ様になりたりとて嘆息なされ、古語を書て授けらる。
夫天下非誠不動。非才不治。誠之至者。其動也速。才之周者。其治也広。才与誠合。然後事可成。
<それ天下誠に非らざれば動かず。才に非らざれば治まらず。 誠の至る者その動くや速し。
才の周ねき者その治るや広し。 才と誠と合し然る後事成るべし>
➡第36条 <身心頭>正心―誠意―修身 第37条 至誠 第38条 機会
7.文才智武 仁政武威 文武両道 福祉国家と夜警国家
■遺訓第41
身を修し己れを正して、君子の体を具ふるとも、処分の出来ぬ人ならば、木偶人も同然なり。譬へば数十人の客不意に入り来んに、仮令何程饗応したく思ふとも、兼て器具調度の備無ければ、唯心配するのみにて、取賄ふ可き様有間敷ぞ。
常に備あれば、幾人なりとも、数に応じて賄はるる也。夫れ故平日の用意は肝腎ぞとて、古語を書て賜りき。
文非鉛槧也。必有処事之才。武非剣楯也。必有料敵之智。才智之所在一焉而巳。
<文は、鉛槧に非ざるなり、必ず事を処するの才あり。 武は剣楯に非ざるなり、必ず敵を料る智あり。 才智の在るところ一のみ>(陳龍川 『酌古論序文』)
➡第22条 兼ねて気象を以て己れに克ち居れよ
➡第33条 平日道を踏む 事に臨み 処分能力 修己治人
◆論点36.1 天下動乱、疾風怒濤のグローバル社会、あらたな国家思想の必要性
2022年2月24日、ロシア軍がウクライナを侵攻。戦争、残虐非道、餓鬼畜生地獄の光景。
国際条約も国際法も国際司法裁判所も国際平和維持軍PKOも、主権国家のロシアに無視されたらなすすべ無し。プーチン批判の大合唱あれども、犬の遠吠えか。
「地球の警察官」・アメリカの国力と権威の衰退、中国の台頭、天下動乱、疾風怒濤のグローバル社会。
日本はどう立ち向かうか。
2004年5月20日、自由民主党・民主党・公明党の各党幹事長は、「緊急事態基本法(仮称)の制定の必要性に鑑み、ここにその骨子について了解し、次期通常国会で成立を図ることを合意する」覚書に調印した。
◎合意された骨子
1.緊急事態の定義
2.緊急事態における基本的人権の尊重
3.緊急事態における国、地方公共団体の責務及び国民の役割
4.緊急事態における国会の関与
5.緊急事態における内閣総理大臣の権限
6.緊急事態における体制の整備
「この骨子をもとに、3党による協議会で今年一杯くらいかけて基本法の中身を詰め、来年の通常国会での成立をめざす」こととした。
しかしその直後、小泉政権は郵政民営化を争点にした衆議院総選挙にむけて内閣総辞職。三党覚書は、紙くずになった。
敵と味方をはっきりと分けて、おもしろおかしく劇場型政治をはじめた小泉首相は、国民的人気をたかめ圧倒的に支持された。その政権の功罪は、論者の立場によってそれぞれ。
わたしの素人的感想は、小泉首相個人というよりも、吉田首相にはじまる戦後一貫した自民党政権の対米従属一辺倒の経済外交と日米軍事同盟の功罪である。
日本史において聖徳太子から江戸時代まで、日本の政治思想は中国をお手本としてきた。明治維新は、その日本が中国にかわってアメリカとの関係を深める歴史の分岐点である。
近代国家日本の日米関係は、1853年、ペリー艦隊が神奈川県浦賀沖に錨をおろして日本を武力で威嚇したことにはじまる。
1945年、米軍がヒロシマとナガサキに原子爆弾投下。東京湾上の米戦艦ミズーリ号の甲板でポツダム宣言受諾の降伏文書に調印。
1951年、米国主導のサンフランス講和条約調印、米軍の占領、日米軍事同盟の締結。
2022年、米国大統領を全面的に支持し追従する岸田内閣の外交姿勢。
アメリカの「核の傘」のもとで庇護された日本は、世界ナンバーワンのエコノミックアニマル、資本主義の優等生、札束外交、<アメリカのポチ>と揶揄されたのではないか。
中国に対峙するこれからの日本は、アメリカ依存を続けるのか、それとも脱却できるのか。
アメリカでは第二次トランプ政権が誕生するかもしれない。フランスでは左中右の諸派政党が社会分断を加速させている。個人主義者と国家主義者が敵対するソフト内乱状況。
個人主義をベースとする自由・社会契約・啓蒙思想にもとづく国家思想は、賞味期限切れの末期症状ではないかとわたしは思う。
建国してたかだか300年にもみたないアメリカ合衆国の歴史の浅い単純な国家観をもって、その白人優位の正義感によって、地球を自由市場と貨幣経済社会でうめつくすことが、<人類の普遍的価値>といえるのか。
欧米諸国が、<人類社会の普遍的価値>をかかげて各国の伝統と文化を排除する一神教的自己主張は、白人至上主義の西洋人のゴーマンではないか。
四海同胞のグローバル社会にむけて、あらたな国家思想をうみだすだす人類の知恵をしぼる必要があるとわたしは思う。隠居老人の空想、以下参照。
16.遺訓第15条 戦後レジームからの脱却~節義廉恥の道義国家へ 2019年3月30日