34.遺訓第40条 西郷精神 燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや  2022627

 

■遺訓第40

翁に従て犬を駆り兎を追ひ、山谷を跋渉して終日猟り暮し、一田家に投宿し、浴終りて心神いと爽快に見えさせ給ひ、悠然として申されけるは、君子の心は常に斯の如くにこそ有らんと思ふなりと。

 

□遺訓第40条の解釈

 君子とは、世上一般の人々よりも 徳が高く品位のある人、人格者」である。西郷は、遺訓第6で『開闢以来世上一般十に七八は小人』という。

参照 ➡  8.遺訓第6条 人間教育・人材教育・リーダー教育 2018825

  『南洲翁遺訓』の小冊子には、『翁の岸良某に与うる主翰の写し』もついている。『南洲翁遺訓』は西郷自身の直筆ではない。庄内藩士たちが、西郷に政治と為政者のありかたについて教えを聞き、それをまとめて編集した41条の本文にふたつを追加した文庫である。

『翁の岸良某に与うる主翰の写し』は、西郷に「憂国之志相」をつらぬく英雄たる人物について教えをこうた薩摩藩士の岸良真二郎という人物へ、西郷が懇切に説明して返答した直筆の手紙を、荘内藩士が明治23年に探しあて、それを写しとったものである。

 

西郷は、<翁の岸良某に与うる主翰>で君子と小人を対比してつぎのように定義する。

   の受用においては、見えざる所において戒慎し、聞かざる所において恐懼する所より手をくだすべし。次第に其功積て、至誠の地位に至るべきなり。是を名づけて君子と言う。

至誠の域は、先ず慎独より手を下すべし。閑居即ち慎独の場所なり。

小人は、此の処万悪の淵藪なれば、放恣軟弱怠惰の念起こる。> 小人閑居して不善をなす。

西郷が定義する<君子>のキーワードは、『誠』である。

  遺訓第7条、第25条、第35条、第36条、第37条、第38条、第39条などで『誠』についてくりかえし言及する。至誠、誠意、真誠、誠心などなど。

天を相手にして、己れを尽し人を咎めず、我がの足らざるを尋ぬ可し」。

参照➡  23 遺訓第25条 少年よ大志をいだけ、老年よ大我にいたれ  20201010

 

』をどう理解するか。

自分の喜怒哀楽・真偽・善悪・良否・美醜・毀誉褒貶・人間関係・生き方・道理・合理・倫理、道徳、良心・・・・・などなど自分のすべての感情・思考・行動の判断基準、価値観の岩盤を、<見えざる所におられるお天道様>とする覚悟、人智をこえた『天意』を仰ぎ畏敬恐懼する信念、心の奥底の本心から『天地自然の道』に忠節を誓う信仰心だと、わたしは定義したい。

 

では『天意』をどのように理解するか。

■遺訓第1

廟堂に立ちて大政を為すは天道を行ふものなれば、ちっとも私をはさみては済まぬもの也。

いかにも心を公平にとり、正道を踏み、広く賢人を選挙し、よく其の職にになふる人を挙げて政柄を執らしむるは、即ち天意也。

■与人役大体

1)役人においては万民の疾苦は自分の疾苦にいたし、万民の歓楽は自分の歓楽といたし、

2)天意を欺かず、其の本に報い奉る処のあるをば良役人と申すことに候。 

3)若し此の天意に背き候ては、即ち天の明罰のがる処なく候えば深く心を用ゆべきことなり。

3)万民の心が即ち天の心なれば民心を一ようにそろえ立つれば 天意に随うと申すものにござ候。

 

◆論点40.1 燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや 

 明治6年の政変にやぶれた西郷は、下野して鹿児島にひきこもる。憂国の情やみがたく、私学校を立ち上げ、自給自足のたしにする農作業をおこなう共同宿舎の吉野開墾社を設立した。

その壁に<推倒一世之知勇 開拓万古之心胸>を墨痕鮮やかに揮毫してかかげた。

遺訓第41条で古語をしめした陳龍川の<文武の道は一つ也>ではじまる『酌古論』の一節である。宋の時代の龍川文集は、西郷の愛読書のひとつとされる。

 

 西郷は、私学校の運営を桐野、篠原、村田らの若き志士にまかせ、自分は狩猟と温泉と漢詩づくりを趣味として、城下をはなれた里山にこもる。

 熊吉と犬をつれ、鉄砲もってウサギを追い、山野をかけめぐり、温泉に宿をとり、風呂あがりに涼しい風にふかれ、悠然たる気分になる。

その心は現代に生きる隠居老人の自分にも分かるような気がする。

しかし君子の心は常に斯の如くにこそ有らんという西郷の君子の心の推察・推量など、ふつうの並みの人間・小人である自分にはできない。

これまでの人生78年を、政治家でもなく役人でもなく、世俗の小さな仕事で生きてきた自分には、西郷の心境を推しはかることなど無理である。

<燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや>と思うしかない。

 

上野公園の西郷銅像は、愛犬をつれた田舎のおっさんスタイルである。

それとは別人のごとく鹿児島市内の城山の下に立つ西郷銅像は、刀剣を腰にさした軍服姿で市内を睥睨する。

犬と刀、農と武、生と死、仁政と武威、生活者と権力者の対極を象徴するふたつの銅像。

平和と戦争、文と武、孔子と孫子、・・・世俗と超越、破壊と創造、・・・日本と中国、東洋と西洋、徳と功、・・・神儒禅老洋を渾然一体とした西郷の見識と哲学と政治思想。敬天愛人。

個人―社会―国家―地球をみわたす<巨眼の男>、得体のしれない人物・英雄の<心>。

君子ならざる小人たる自分は、<燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや>と思うしかない。

 

 20226月、参議院選挙の選挙運動たけなわ。

わたしは、感銘・信頼・悦服できる<志のたかい賢人君子>の政治家に国政を信託したい。

参照 ➡19.遺訓第21条 政治システムの改革は抜本的な公職選挙法改正が第1  202023  

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