35.西郷の政治哲学 人民のための、人民の模範となる、賢人君子による政治

 2022年7月7日

◆論点35.1 西郷の政治哲学にもとづく国家システムの構想

 古代中国の儒教にもとづく政治思想は、徳のたかい見識ゆたかな賢人・君子を国家の統治者とする徳政である。国家の最高権威者は、円満完全なる人格者とみなされる聖人である。

聖人は、天地自然の道―天恵と天罰をもたらす天帝の意図=天意を探求し、その【道理】を君子に教える教師である。

君子は、聖人の教えを<正心・誠意・修身>として学び、人民の模範として悦服され、聖人と被治者の下々との間にあって、<斉家・治国・平天下>をめざす政治を行う人格者である。

その政治思想は、古代ギリシャの哲学者プラトンの【哲人政治】にほぼかさなる。

最高の政治システムは、見識高く道理に通じた少数の哲人によって行なわれるべし、というエリート主義的政治思想。

 

西郷は、万民の上に位する為政者である「君と臣」に賢人・君子であることを求める。民主主義は、衆愚政治として否定される。仁政をなす君主徳治主義。人民は天子の恩寵の対象。

天は、人の上に人をつくらず、人の下に人を作らず。

人は、人の上に人をつくり、人の下に人をつくる。

【哲人政治】―人民のための、人民の模範となる、賢人君子による政治。

 

軍人政治家である西郷は、単なる仁政徳治だけの儒教道徳信者ではない。

西郷哲学の真髄は、孔孟の性善説に孫子の兵道による武威をくわえた仁政武威・文武両道・顕正破邪を治世の根本にすえる。

その西郷の政治哲学は、遺訓第1条に集約される。

参照 ➡  3.西郷の政治思想を凝縮した遺訓第1条の要点・論点  20184月2日

 

     わたしは、遺訓第1条にもとづく未来の道義国家の統治機構をつぎのように構想する。

  天 ・・・・・・・・・・・ 地 ・・・・・・・・・ 人

平天下    ← 治国 →   斉家・修身

天下       国家      社会

    君        臣        民

聖人君子  ➡ 賢人百官 ➡ 人民小人

   大政      国政      共政       大政 君臨すれど統治せず

   徳治      法治      自治            憲法議院+地球警察隊

   国連      政府      共同体      国政 憲法の下の国家権力   

   人道      人権      人情            国会+内閣+司法

   権威      権力      生活        共政 生活者の相互扶助    

   敬天      愛人      互助            共人自治コミュニティ

   文化      政治      経済

  この統治機構を実装するために、現代の自由民主主義の限界をのりこえる憲法改正をともなう、未来の国家システムの構想は、以下参照。

18.遺訓第20条 「共政―国政―大政」三次元民主政治システム構想  20191130 

 

◆論点35.2 聖徳太子の『17条憲法』からアメリカ流『日本国憲法』への日本史概観

西郷が理想とする古代中国の堯舜の治世では、社会的地位・役割・身分のそれぞれの生き方において、人はそれぞれの「道」を踏んで生きる。知足安分・天下泰平。

その治世をユートピアとみなす統治機構は、つぎのように図式化できる。

※1 権威・天帝 ☞ 権力{天子・百官 ➡ 諸侯・有志・役人} ☞ 生活{百姓・一般庶民

この古代中国の統治構造は、西洋の「カソリック聖職者―中央政府王様―地方貴族―人民」とほぼ同じである。権威の地位を、<神>というか<天>というかの呼称のちがいでしかない。  

王権神授説とか天賦人権説とかいうがごとし。啓蒙思想の<社会契約>といえどもキリスト教への信仰を前提にするのだ。  

 

日本列島社会の国家思想は、聖徳太子の『17条憲法』にはじまる。

17条憲法』は、中国の隋をお手本としながらも、神仏儒(日本―インド―中国)を混交習合して<和を以て貴しとなす>、島国日本社会の風土にねざす日本的東洋思想である。

その精神を基底とする奈良・平安の公家貴族政治。

鎌倉・室町の武家政治と応仁の乱にはじまる戦国時代。

17世紀から19世紀前半まで、約250年にわたる<天下泰平>の江戸時代。

その幕藩体制、士農工商の世襲身分制、封建制度の政治思想は、天皇を天子様とする<権威>と徳川幕府の<権力>を分離した。

天皇家の「三種の神器」は鏡と玉と剣。剣は軍人のもつ武力。

天皇家は、剣を行使する天下国家の政治権力を、徳川家の家父長たる者に<征夷大将軍>として委任する。大政委任。天皇家は<君臨すれど統治せず。

この統治機構は、つぎのように図式化できる。 

※2 権威・天皇・朝廷 ☞権力{征夷大将軍徳川幕府+大名諸藩・士族}➡ 農・工・商・無宿人

 

 西郷が島津家の家臣として生きたのは江戸時代の末期である。鎖国による天下国家を統治する幕藩体制は、ペリーの黒船によって開国通商を強制された。

万国が対峙する天下動乱の時勢、西郷が歴史に名をのこす明治維新がはじまる。

徳川幕府に代わる明治新政府は、<王政復古>と<文明開化>の根本矛盾を内包しながら、分権機構の幕藩体制から中央集権の近代国家への体制変革をめざした。

沖永良部の遠島で牢人としてすごす西郷は呼び戻され、倒幕の軍人政治家として明治維新の歴史に登場する。西郷は、武士が支配する文武両道の統治機構を『敬天愛人』の実現とみなし、遺訓第1条の天道思想を『与人役大体』で分かりやすく説明する。

しかし、西郷のその徳治政治思想は、明治新政府の西洋流文明開化路線とは対立した。

西洋列強に対峙するための<道義国家>をめざす西郷の倒幕運動につづく明治維新は挫折したのである。

西郷が西南戦争で消えたあと、板垣の自由民権運動は、天皇を神とする神州・神国の大日本帝国の統治機構に回収された。西郷亡きあとの大日本帝国の政治思想は、西郷の『敬天愛人』の道義性からいちじるしく逸脱した。

明治新政府は、王政復古と文明開化の根本矛盾を解消するために、欧米の帝国主義国家に対抗するために、不平等条約を解消するために、日本流の近代国家統治の政治思想を必要としたのである。

それは、古事記・日本書紀の神話を現実とみなす国学・皇国史観・国家神道による<祭政一致><君民共治><武装する天皇制>である。

西欧文明を憧憬しながら<和魂洋才>を標榜する大日本帝国の政治思想は、古事記・日本書紀の物語をリアルとみなす国学・皇国史観であり、万世一系の天皇家・国家神道による<国家絶対主義>である。

神風のふく神州・神国である大日本帝国を統治する元首は、神格化された天皇である。この政治思想の特徴は、<権威>と<権力>と<人民>の一体化である。

その機構は、つぎのように図式化できる。 

※3 天皇 ☞帝国軍隊 + 枢密院・議会・都道府県 ➡ 民間―財閥・農村共同体

 

19458月、神州日本に神風が吹くことなく、米軍機B29がヒロシマ・ナガサキに原子爆弾をおとした。大日本帝国の統治機構は消尽・崩壊。代わりにマッカーサーGHQ司令官とする占領軍が日本列島を支配。

戦後の日本国憲法は、アメリカ流の<個人尊重・自由・人権―民主主義・法の支配>を人類の普遍的価値とみなす。

敗戦により日本は、トップダウンの全体主義国家からボトムアップの個人主義国家へ転換したのである。王権神授説から天賦人権説・社会契約説への下剋上。

ほとんどの日本人が、鬼畜米英から一夜にして星条旗崇拝に豹変。日本国憲法第9条の絶対平和主義を賛美。厭戦感情。神の座をおりた象徴天皇は人間宣言。

国防は日米安保条約による米軍依存。沖縄と本土に米軍基地を提供。

アメリカ流の<個人尊重・自由・人権―民主主義・法の支配>の政治思想の特徴は、権威者と権力者と生活者を一体化する、究極の個人中心の自由主義

<主権在民>思想は、ボトムアップだけでトップダウンの不在。

国民国家を統治する政治権力の【正統性】と【正当性】、【正義】と【公正】の根拠を、自立した個人の『自由』とする。

自由・民主主義の政治思想は、すべての国民の<自由の相互承認>を<国民の総意>とする<一般意志>、<絶対精神>とみなす。

この政治思想は、つぎのように図式化できる自己言及の循環論法である。

※4 権威・憲法 ☞権力・{国会・内閣・司法+地方自治} ➡ 個人・国民 ☞権威・憲法

 

新憲法のもとで戦後民主主義、戦後レジュームもすでに約80年が過ぎた。

個人の『自由』を起点とする政治国家民主主義と経済社会資本主義は、人類の生活環境を激変させている。人・物・金・情報が、国境をやすやすとこえるグローバル市場。国境なき巨大IT企業が国民生活を支配するSociety5.0の<デジタル技術社会>。

 

2022224日、ロシア軍がウクライナを侵攻。20226月、武力闘争の局地戦にとどまらず、世界的混乱をひきおこす泥沼。貿易の停滞、物価高、生活基盤はどこまで崩落するか。

敵も味方も、それぞれさらなる乱脈・輻輳・利害対立・混乱長期化の様相。

政治家たちが右往左往し、狼狽しまくる政治的狂乱ショーの光景。戦争、残虐非道、餓鬼畜生地獄の光景。リアルとフェイクの区別なき映像メディア文化。主権国家のプロパガンダ。

人類の知性は<世界中の人々が和合し睦み合うユートピアをめざしているといえるか。

欧米流の「自由・人権―民主主義・法の支配」は人類社会の普遍的価値といえるか。

国際条約も国際法も国際司法裁判所も国際平和維持軍PKOも、主権国家のロシアに無視されたらなすすべ無し。プーチン批判の大合唱あれども、犬の遠吠えか。

 

「地球の警察官」・アメリカの国力と権威の衰退、「一帯一路」の中華思想・強権国家の中国の台頭、天下動乱、疾風怒濤のグローバル社会。

自由・個人尊重・社会契約・啓蒙思想にもとづく国家思想は、賞味期限切れの末期症状を呈しているとわたしは思う。

欧米文明社会が進んでいる、アジアやアフリカは遅れているという「進歩史観」は、すでにポストモダンの構造主義などによって、社会科学としては破綻しているのではないか。

いまや人類の知性のありようが根本的に問われる時代、<個人―社会*国家―地球>をつらぬく諸問題が、世界中に噴出している。

さて日本は独立国家として、どういう気構え・思想・哲学をもって、米中抗争する新時代に立ち向かうか。戦後日本人の<個人―社会*国家―地球>をつらぬく人生論(個人主義)と社会論(国家主義)の根本の価値観が問われている。

 

人民のための、人民の模範となる、賢人君子による哲人政治は、幼稚な時代錯誤なのか。

※5 権威・人文科学者 ☞ 権力{政治家・役人・軍人・憲法学者} ☞ 生活{一般国民・少壮老

権威―【徳治大政】❶憲法議院+❷地球警察隊

権力―【法治国政】❸国会+❹政府+❺司法

生活―【自治共政】❻地域自治コミュニティ

 

自由民主主義国家の統治機構の革命をめざす、そのための第一歩は以下参照

➡ 19.遺訓第21条 政治システムの改革は抜本的な公職選挙法改正が第1歩 202023 

 

以上    No.34へ      No.1へ