20114月、朝日新聞社が、「東日本大震災復興を、日本再設計・100年後の未来の大胆な制度刷新につなげよう。あらゆる世代の参加と責任を」というメッセージを発信し、8000字以内の提言論文を募集しました。

締め切りは、510日。それに対して1745本の応募があり、718日に入選作11本が選ばれました。入選作の内容は、81日の朝刊に掲載されております。

わたしも「日本再設計、100年後の未来」という言葉に惹かれて下記の拙文を提出しました。入選しませんでしたが、細々ながらわが道をいくつもりです。

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東日本復興計画私案

ニッポン前へ「老学共働隊でソーシャルビジネスを推進する」            2011513

      「平成の寺子屋・老若人生塾」代表 木ノ下勝郎

はじめに  二階建から三階建へ

 戦後の高度経済成長は、地方から都市への人口大移動だけでなく、地方の田舎でも都市型生活を日常化させた。その都市型生活では、衣食住の取得においても近隣関係においても、かっての「村社会・共同体」のライフスタイルを脱ぎ捨てた。

「自分たちのことは自分たちでやる」という「互助・共助」の精神と知恵を失い、「なんでもかんでも役所任せ」になった。「公共サービス」を所管する行政機能と組織が肥大化した。

その結果、我々は「役所」と「私企業」の都市型二階建ての住人になった。それは同時に多くの「孤人・弧族・ひとり世帯」の「無縁・無援社会」の住人をも生み出した。ここに現代日本社会の病理現象をみる。

 本提言の社会制度的視点は、肥大化した「公共サービス」を独占する行政機能を事業仕訳して、「公サービス」と「共サービス」に解体することである。

「公」とは、法治国家における憲法に基づく公権力機能である。

「共」とは、向こう三軒両隣、ご近所付き合いのつながり、結・講・座、互助・共助の暮らしである。「公共事業」から分離移管した「共サービス」をソーシャルビジネスとする。

その担い手は、現役世代ではない老人と学生である。その事業体を「老学共働隊」と呼ぶ。その視線は、近代文明社会の病理現象を克服する心身健康長寿社会である。

「共働隊」とは、「公」・「共」・「私」の三階建日本再生に向けての新たな「共同体」への暗喩でもある。

 

提言の趣旨  

東日本大震災の極限状況において、人が生きる関係性が露出した。平常時には潜在している「社会的関係性」が顕在化した。日本人としての「社会的関係性」の特質が現出したのだ。
 「自然との関係性」は、人知を超えた自然の猛威非情を目の当たりにした。

「人工物・道具的関係性」は、ことごとく破壊された。「情報・記号的関係性」は、ことごとく絶縁された。

そして、「社会的関係性」がくっきりと露わになった。近代合理主義と科学文明がもたらした「道具的関係性」と「記号的関係性」に基づく生活条件一式を被災者たちは失った。

家族や肉親すらも失った。しかし、被災者たちはすべてを喪失したわけではなかった。

他者とつながる「社会的関係性」は、生き生きと残ったのだ。被災者たちは、その「社会的関係性」において過酷な生存環境を克服し生活の再建をめざしている。

(1)まず被災者たちは共助の仕組みを作った。

(2)国内外の多くの人が義援金を供出しボランティアや医療団体等が現地に駆けつけた。

(3)自衛隊、消防隊などの公務員が奮闘している。

(4)多くの企業や商店主も自らの商品を提供し現地へ必要物資を届ける。

平常時においては、(3)行政機関の公共事業と(4)私企業のビジネスをつうじて日々の暮らしを維持している。それ故に (1)と(2)の「共助」が潜在化する。

潜在化とは、平常時における「共助」が納税義務を通して、「公共」行政機関に委譲されている構造を意味する。

現代日本社会は、「公共」行政機関と「私的企業」の二階建て構造となっている。そして大震災復興という非常時において、(1)と(2)の「共」機能と構造が露出したのだ。

露わになったその社会的関係の「共性」が、あらためて日本人の魂のありかたを多くの日本人によみがえらせた。

海外のメディアも東北人、日本人の冷静な礼節ある行動に対し驚愕し、惜しみなく礼賛している。それがまた日本人の「新たな日本の再設計」を鼓舞してくれる。

この(1)と(2)の活動を非常時における一過性の緊急避難体制とすることなく、日常の社会生活に組み込むこと、新たな社会システムにすること、これが本提言の趣旨である。

 その取り組みは、東日本大震災復興地域に限定されるものではない。

田畑、集落、生活基盤などが崩壊した震災地域の景観は、全国各地方にひろがる荒廃里山・廃屋・耕作放棄地などの過疎風景に重なるからである。

たとえば復興計画で検討されるべき津波対策としての「集落再編・高地移転・コンパクトシティ・土地私有権の制限」等の政策は、過疎地の「限界集落」に関する「集落移転」政策と同質である。

 「老学共働隊」は、日本再設計の大きな物語を見すえながらも、「一隅を照らす」草の根的な運動つまり「考えながら走る」実践の提言である。

 

老学共働隊の理念・目標・進め方  

●理念:老人と学生が「共働」して新しいライフスタイルを創る。

身の丈を超えた高度に人工的な道具へ過度に依存することなく、自然環境の中で、共働作業を通じて、衣食住のための知恵と工夫を鍛え、人間力・自立力・共生力を涵養する。

①自然との関係性:自然環境の中で生きる衣食住確保の知恵を鍛え、生命に対する畏怖・畏敬の気持ちと感動を豊富に体験する。
②社会的関係性:人間関係を鍛える訓練の場を設け、共存・共生・共助の精神を具体化する協働作業を豊富に体験する。

●目標:「老若人生塾」で思想と心身を鍛える。「老学共働ソーシャルビジネス」を起業して地域の課題に取り組み雇用を創出する。

●進め方

①グローバル競争時代における仕事中心の現役世代は、既得権益の社会システムで働くしかなく、日本再設計に取り組む余裕はない。

②現役世代でない就労前の学生と退職後の老人は、制約に縛られず自由かつ大胆に創造的な社会活動実験に参加できる時間的な余裕がある。

③十年後、二十年後の再設計日本を担うのは学生、若者である。若者に未来の日本の希望を託す。老人は、若者にそれを懇願し、訓練し、援助する。

④学生と老人が交流し、日本の閉塞状況を打破する実践的な知恵を出し合う組織体を立ち上げる。全国各地の小学校単位の地区集落に。

⑤その交流の場である「老若人生塾」において「心身頭」を鍛え、近代個人主義を超える「自立・共生」原理の「新たなライフスタイル」の展望を切り開く。

⑦新憲法に基づく基本的人権尊重、農地解放による土地私有権などにみられる戦後復興体制のままでは、既得権益の打破は極めて困難である。

⑧「老学共働隊」は、明治以降の選挙民、議員政治家、行政公務員のトライアングル社会システムの改革をめざして、「公共の解体」という視点からソーシャルビジネスを起業する。

⑨市場経済システムの超克をめざす「新しい公共」、「ソーシャルビジネス」、「ケアの経済学」、「地域通貨」などのコンセプトは、すでにひろく議論されている

⑩「自立・共生」のためには、生きるための衣食住を自ら獲得するための「働き」を必要とする。他者との社会的「働き」を通じて「共生」能力を鍛える。

 

社会問題解決を仕事として雇用を創出するソーシャルビジネスの領域

 ア)過疎問題:空家、耕作放棄地、荒廃里山の資源化・活用、地産地消、集落移転・再編

 イ)教育問題:家庭崩壊、学級崩壊などを補完する異年齢交流、貧困家庭子供向け学習塾

 ウ)長寿問題:高齢者の社会参加・生きがいの機会提供 

 エ)就活問題:学生が自分の人生設計を模索する社会参加とアルバイトの両立

 オ)介護問題:家族負担と介護施設依存を軽減するための地域における「疑似家族制」

 その他、地域で「使われていないバブル時期の殿堂」の公共施設や自然条件と地域特性に応じた領域を創造的に探索する。

また東日本震災地域における住民の協働作業と外部からのボランティア活動を分析し、「公」と「共」に事業仕訳する。

 

「公共サービス」を「公」と「共」に解体して雇用が創出できる根拠

上場企業4381社の社員は、6,157,142名、平均年齢 38.7歳、平均年収623万円である。自治体1874都道府県市区町村の職員数は、886,057名、平均年齢43.7歳、平均年収702万円である。 (出典:平成1941日調査 公務員給与研究所)

 地方の零細企業若年サラリーマンの平均年収は300万円前後。地方公務員ひとり分の仕事を零細企業に移管すれば二名から三名の雇用を創出できる。

老学共働ソーシャルビジネスにおいては、働き手は学生と老人である。彼らの労働スタイルは、仕事中心世代の市場経済原理とは異なる。

学生にとっては「新しいライフスタイル」を創造するアルバイトの一種である。老人にとっては、交通費や通信費などの必要経費相当の給与でよい。

したがって、老学共働ソーシャルビジネスの人件費は、私企業のサラリーマンの半分でもよい。だから私企業では採算が成り立たない社会的需要に対して、老学共働ソーシャルビジネスが成立する理屈である。

 地方公務員ひとり分の仕事を「老学共働隊」に移管すれば四名から六名の雇用を地方で創出できることになる。ひとつの自治体あたり十数名分の仕事ならば、その地域に五十名前後の老学共働ソーシャルビジネスの雇用が生まれる。

ひとつの老学共働隊の隊員が十名だとすれば、その地域に五つのソーシャルビジネスの経営体を創出できる。(注: 「老学共働隊」の経営責任者は、市場経済原理の民間企業の管理職と同等の待遇が必要)

 これは極めて幼稚な議論に見えるかもしれない。

論点は、行政のコストダウンではない。経費削減のための民間への移管でもない。

公務員は、「公務=公共サービスの給付」に従事することによって給与を得ていること、その給与の源泉は税金であるということ、言い換えれば、国民は税金を払って公共サービスを役所から買っているということ、これが論点である。

さらに言い換えれば、ある種の公共サービスは、税金と給付という公共事業ではなく、競争原理による民間企業移管でもなく、第三のビジネス形態が可能ではないか、これが論点である。

社会の仕組みを、これまでの「公共」と「私企業」という二階建から「公」(ナショナル・国家統治原理)と「共」(ローカル・自立共生原理)と「私」(グローバル・市場競争原理)の三階建へ増改築する可能性が論点である。

 この論点は、「ソーシャルビジネス革命」(早川書房 ムハマド・ユヌス著)や「ゼロから考える経済学」(英治出版 リーマン・アイスラー著)などの「新しい経済学」に重なる。

これまでの資本主義市場における成長重視の経済政策は、「消費は美徳」、「より便利・さらに快適」のための消費需要をあおりたてなければならない。そこに欲望を肥大化させる近代文明社会の病理がある。品のなさがある。原発問題の根もそこに帰する。しかしその世界の問題は、仕事中心世代に任せよう。

 その世界に入る前の学生とその世界から退却した老人たちよ、別な原理の「学びと遊びと働きと社会参加」の「新しいライフスタイル」の創造に向かおうではないか。

 「老学共働隊」によるその具体的な取り組みは、公務員が独占する公共サービスから「共サービス」を奪取するソフト革命である。

東日本大震災において、(1)まず被災者たちは共助の仕組みを作り、(2)国内外の多くの人が義援金を供出しボランティアが現地に駆けつけた。

この(1)と(2)は、まぎれもなく「共」サービスである。国に向かって「何かしてくれ」という前に「自分たちができることは自分たちでやる」という互助・共助のライフスタイルである。

憲法第25条の生存権の理念を持ち出すわけではない。困った人に向かって「自分ができることは何かないか」という共性、共鳴、共感、日本人の精神的基層の発露である。

 

「老学共働隊」の課題

「老学共働隊」は、「老若人生塾」と「老学共働ソーシャルビジネス」のふたつの活動形態をもつ。

「老若人生塾」は、老人と学生の交流の場である。塾長と塾生の関係において座学、演習、野外作業を営む。そこで「心身頭」を鍛えあうことを目的とする。その結果としてソーシャルビジネス起業家の育成をめざす。

その限りでは「老若人生塾」コンセプトは、地域における数名の有志老人たちの趣味的な私塾である。そこでの課題は、社会的課題というよりも有志老人たちの自己努力だけである。私利私欲を離れた誠意ある個人的な取り組みでよい。

 しかし、「老学共働ソーシャルビジネス」は、ソーシャルといえども現実の需要と供給を金銭で決済する収益事業である。しかし市場経済原理とは違う。

その違いの社会的な合意形成は、単純でも簡単でもない。自己努力だけでは行政の壁を越えられない。その自己努力の意義を認知し、鼓舞し、支援してくれる一定の社会的なコンセンサスつまり「ソーシャルビジネス社会基盤」が必要である。

 具体的には、「老学共働ソーシャルビジネス」に関係するつぎの諸機関の有志たちとネットワークを形成する組織づくりが第一歩である。

そこでそれぞれの立場から 「ソーシャルビジネス社会基盤」の諸条件を提示し合う。全国各地で。これが当面の課題である。

 1.老人:健康長寿のくらしの一環として若者と交流する。

 2.学生:人生設計の見聞の一環として異年齢交流の地域活動へ参加する。

 3.教育機関:学生が地域交流に参加することを「教科」単位とする。

 4.地方議員:地域の雇用創出と自立に向けて条例案の作成に取りくむ。

 5.地域住民:空家、耕作放棄地などを提供し協力する。

 6.民間企業:若手社員をソーシャルビジネスに参加させる。

 7.NPO等関連団体:地域の多岐にわたり関連する社会的問題解決に連携する。

 8.行政機関:地域住民サービスにかかわる「公共」事業を仕訳する。

 9.国家政府:遊休資源の土地所有および集落移転等に関する制度設計をおこなう。

10.その他:思想家、哲学者、宗教家、社会学者などが理論的に指導する。

 

老人と学生が先駆する「新しいライフスタイル

人はこの世に生まれ、「前半人生・子ども世代」è「仕事中心世代」è「後半人生・老人世代」を生き、あの世に還る。

仕事中心世代のライフスタイルを変えることは難しい。グローバル資本主義市場における激烈なビジネス環境で日々働くことで精いっぱいであるからである。

それに比較して人生の前半と後半の両世代は、競争原理から相対的に距離がある。子供・学生と老人のこの世代こそが、二階建日本の閉塞状況を突破する中心勢力になりうるのではないか。学生よ、老人たちよ、「新たなライフスタイル」の志を高くかかげ試行錯誤にチャレンジしようではないか。

 前半人生と後半人生の期間は長くなるいっぽうである。これらの世代が、「税金の配分」による保護と給付を受けるだけの社会層であるとすれば、その社会は持続可能であるだろうか。

人間の生き方としても「人に依存する」だけでは不自然である。

「新たなライフスタイル」にチャレンジする第一歩は、「地域でできることは税金に頼らず自分たちでやる」覚悟である。「自由・平等」と同時に「矜持ある自立・社会への責務」の思想性である。

 子ども・学生世代は、自分の生き方を模索する人生設計の社会的体験を増やす。ソーシャルビジネスを、意義のあるアルバイトとみなして稼ぐ。

老人世代は、子ども・学生世代に人生設計を助言、奨学資金を提供、ソーシャルビジネス起業の支援などを社会的責務であると自覚する。その社会参加を通して自らの健康長寿を維持する。

 「自立と共生」を夢想する本提言者は、日本再生の新たな「共同体」の根が、「自然と生命を畏怖するはるかなる始原の縄文人の精神基層」と共振するものと確信する。

 

参考 老若人生塾のカリキュラム案・座学と演習と野外作業 (鹿児島市郊外、指宿市等で準備中

◎座学

Ⅰ.人生論 

1.人間とは 2.命=心+身+頭 3.三つの自分 4.自分を知る道具 

5.Will/Can/Must 6.人生の上り下り 7.我と汝・私と他者 8.子供から大人のなりかた 9.四つの関係性 10.目的手段と原因結果  11.人生方程式

Ⅱ.設計技法: 設計書の記述手法

  1.人生設計とは 2.SWOT分析 3.人間関係図 4.日々の行動記述文 5.自己対話メモ帳 6.コミュニケーション図 7.データと情報

Ⅲ.哲学: 人生設計の哲学的基盤

  1.西洋と東洋 2.老荘と儒教と仏教 3.陽明学と朱子学 4.縄文・アイヌ・琉球   5.現代思想  6.現象学と近代科学 7.システム論

Ⅳ.知識: 歴史を知りアジアにおける日本人の責任を確認

  1.琉球と薩摩 2.日韓併合と朝鮮戦争 3.大東亜戦争と台湾・中国 4.西郷隆盛の遺訓と漢詩における敬天愛人思想

◎演習: 新たな地域共同体の「社会システム設計」

  1.「公共」を「公」と「共」に解体する事業仕訳 2.集落の持続可能性能力調査 

3.耕作放棄地・荒廃里山の土地所有権問題 4.集落移転とコンパクトシティ

◎合宿&野外作業

  1.空家・廃屋の整備、大工仕事の実践 2.荒廃里山・竹林の伐採

 3.遊休地の開墾と菜園化 4.耕作放棄地での農業実習 5.海釣りと料理        

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